周藤蓮 『吸血鬼に天国はない』 (電撃文庫)

吸血鬼に天国はない (電撃文庫)

吸血鬼に天国はない (電撃文庫)

大戦と禁酒法。その二つが、世界を壊してしまった。

そしてその壊れてしまった時代に、シーモアはいた。

それだけの話だ。

大戦と禁酒法が旧来の道徳を破壊した時代,五つのマフィアが抗争を続ける都市.頼まれれば何でも運ぶ非合法の運び屋,シーモア・ロードにある日持ち込まれたのは,ひとりの美しい少女,ルーミー・スパイク.彼女は正真正銘の吸血鬼だった.

今ではない時代で,社会的に自立しつつも何かが欠落した大人の男と,社会の外側にいる少女が出会う.あらすじを見てデビュー作の『賭博師は祈らない』とそう変わらないのかなと思っていたら,後半でやられた.これほどのあらすじ詐欺は見たことがない.

旧い価値観が破壊され,すべてが平等に無価値になった時代.煙草の煙が漂う街の裏の顔.油とペンキにまみれたガレージのにおい.目の前にありながら壊れている家族の関係.そして成り行きでいっしょに生活することになったふたりの距離の変化.細かい機微や情景といった細やかな描写力はさらに磨かれている.テーマに関しては荒削りなところもあると思うのだけど,書きたいものを書くだけでなく,さらなるものを目指そうという意欲が垣間見えるというか.期待を大きく上回る傑作でした.



kanadai.hatenablog.jp