さがら総 『教え子に脅迫されるのは犯罪ですか? 8時間目』 (MF文庫J)

「……天神先生のお話は難解ですね。初期の作風に似ています。久しぶりに天出先生の処女作を読み返してみたくなりました」

かつて、星花が好きだと評した俺のデビュー作。

独りよがりな思いを詰めこんで、まるで売れなかったガラクタ。

あのときからずっと、俺は自分のことを語るのが苦手になってしまった。

ついに星花に秘密がバレてしまった天神。だがそんなことはお構いなしに、一年の集大成である中学受験の時期が迫っていた。そんな天神と三人の少女の、いつもどおりでいて、いつもと違う修羅場。それぞれの巣立ちの時が近づきつつあった。

「終わりについての、話をしよう」「――これは、子どもが大人になる物語」。ライトノベル作家兼塾講師と、三人の少女の物語、完結。才能とロリコンの物語と見せかけて、結局のところ徹頭徹尾の自分語りだったのではないかという気がする。作者の根本にあると言われる人間不信が、ひとの形を取った虚無として現れ、信頼できない語り手として語ってゆく、という。

「根本的に他人に興味がない」、「お前の世界には愛がない」とまで言われ、「可哀想なものを見る瞳」を向けられ、だがそれでいいのだと堂々と言ってのける。虚無というか、「自分」という虚ろの輪郭を描いてのけた作品だと感じた。「自分」を深堀りする小説はライトノベルだとかなり珍しいし、これだけのものを書き上げたのは流石だと思う。お疲れさまでした。

旭蓑雄 『ヒロインレースはもうやめませんか? ~告白禁止条約~』 (電撃文庫)

テーブルに突っ伏すと、泣きそうになった。

ちくしょう、どうしてアタシがこんな目に……。働かないと生きていけないとか、こんな世の中は間違っている。別にアタシだって、我がままは言わない。漫画読んでゲームしてアニメを見ていればそれで幸せなのに……。

ヒロインレースものラブコメでデビューを飾り、炎上の末に打ち切られた高校生漫画家、錬太郎は次回作の構想を練っていた。新作はヒロインレースを否定するラブコメにしたいと考える錬太郎だったが、担当編集はそれを拒否。新作を連載したいのであれば、彼女を作れとの条件を出す。

ヒロインレースを排除したいと願う高校生漫画家が、知らずしらずのうちにヒロインレースの中心になっていた件。お仕事小説や小説家の悩みを書いた小説は多いけど、漫画家をしっかりと書いた小説はそこそこ珍しいのでは。

高校生漫画家である主人公がモテまくるのは釈然としないところもあるけれど、漫画一直線のいわゆる漫画バカなところは好感が持てる。色々なラブコメからネタを引いているように見えるのだけど、最近のラブコメを読んでないのでなかなか難しい。まあ細かいことは気にせず読める、ライトでポップなラブコメだと思います。

松村涼哉 『監獄に生きる君たちへ』 (メディアワークス文庫)

――あぁ、この監獄に監視者はいなかったんだ。

誰も自分など監視していない。そして、ここに暮らす住人全員、誰かが監視していると思い込んでいる。だからどれだけ叫ぼうと助けには来ない。

絶望しかなかった。やがてオレは考えることをやめた。

廃屋に監禁された六人の高校生。建物には「私を殺した犯人を暴け」と書かれた手紙が残されていた。差出人の名前は真鶴茜。六人全員を救うために奔走し、七年前、この場所で転落死した児童福祉司の女性だった。

七年前。監獄のような団地にいた六人の小学生と、ひとりの児童福祉司の間にあった出来事を、その周辺の記憶からたどってゆく。メディアワークス文庫からの三作目は、児童福祉の現実をテーマにした人狼ゲーム風犯人探しミステリ。少年犯罪をテーマにした『15歳のテロリスト』、無戸籍児の問題を扱った『僕が僕をやめる日』に引き続き、本を出すごとに小説として洗練されているのは間違いないのだけど、愉快とはいえないこれらのテーマを一貫して取り扱うモチベーションというか情熱というか、そういうものがどこから来ているのだろうか。虐待を受けていた子供たち、自身の生活を犠牲にして救った児童福祉司、現状を理解していないがために間違った方向へと舵を切る地域社会と行政が悪い方向にがっちりかみ合った末に生まれたひとつの悲劇。重苦しく、目を逸らし難い物語であったと思います。



kanadai.hatenablog.jp

宮澤伊織 『裏世界ピクニック5 八尺様リバイバル』 (ハヤカワ文庫JA)

「お互いを巻き込むとかどうとか、私たち、そんな段階、とっくに通り過ぎてるんじゃないかな、空魚。私たち、この世で最も親密な関係なんでしょ?」

狂乱のラブホテル女子会から始まった新年。裏世界と日常を変わらず行き来していた空魚と鳥子の仲は大きく進展してゆく。

ポンティアナック、マヨイガ、そして二度目の八尺様。女子大生ふたりのネットロア異世界サバイバル五巻。もうお互いの気持ちを隠そうともしないこの二人、カップルとしてもう完全にできあがってる。気持ちや想いが、細やかだけど自然で読みやすい言葉で語られる。なんというか、すごくリラックスしていて、すっと頭に入ってくる感覚があった。アニメも楽しみにしてます。

逆井卓馬 『豚のレバーは加熱しろ(3回目)』 (電撃文庫)

豚のレバーは加熱しろ(3回目) (電撃文庫)

豚のレバーは加熱しろ(3回目) (電撃文庫)

我々は軽視されてきたからこそ、こうして重要な場面に立ち会っている。覚えておいてくれ。本当の意味で歴史を変えるのは、歴史から見向きもされてこなかった者たちだ

王の弟、ホーティスの居場所を突き止めた豚たち一行は、王朝と解放軍の同盟を強固にしつつ、闇躍の術師を倒すため北方へ向かう。

魔法使いとイェスマの関係を知り、記憶を取り戻したジェスとともに、豚は再び冒険に出る。弱者から奪うことで成り立っている社会システムに、豚と犬が抵抗する。読み返して今さら気づいたのだけど、これは『タクティクスオウガ』なのでは。王国と解放軍の同盟と諍い。王と王の弟の確執。国と王統を守ること。あまりにも軽く扱われる命。それでも、世界は少しずつ良くなっている、という。今回は少し詰め込みすぎな印象もあったけど、ふざけたタイトルからは想像できない、ハードで切ない正統派ファンタジーだと思うのですよ。騙されたと思って読んでみるといいですよ。