鴨志田一 『青春ブタ野郎はナイチンゲールの夢を見ない』 (電撃文庫)

今度は咲太が言葉を失う番だった。

郁実の反応は、正義の味方として、あまりに理想的だったから……。

騙されたことに腹を立てることはなかった。

咲太を責めることもなかった。

何も起きなかったことに、誰も傷つかなかったことに、安堵の表情を浮かべただけ。

完全に予想外だ。

SNSに書き込んだ夢が正夢になるという都市伝説、「#夢見る」。咲太が大学で再会した中学時代の同級生、赤城郁実は、そのハッシュタグを見て人助けをしていた。郁実がそんな「正義の味方」になったのは、過去の咲太が原因だという。

引きずり続ける後悔と不器用な正義感からの逃避と、思春期症候群。完璧な「正義の味方」になった元同級生が抱え続けた過去の出来事と現在の事情について。大学へ進学して生活が変わり、それでも変わら(れ)ないものもある。大学へ行っても中学生のころを引きずり続ける感覚、胸に来るものがありました。

水沢夢 『俺、ツインテールになります。20 ~ツインテール大戦~』 (ガガガ文庫)

今回は大盤振る舞い、一三ヒーローの結集だ!

どんなカタストロフが相手だろうと――絶対に負けない!!

アルティメギルとの戦いも終わり、ついに世界に平和が訪れる。しかし、その平和は長くは続かなかった。ツインテールへの憎しみから生まれた新たなエレメリアンの侵略、そして世界からツインテールが忘れ去られようとしていた。

本編完結後に現れた未知なる敵。異なる世界(番組)のヒーローとの共闘(コラボ)。次回作登場前に新たなるヒーローの顔見せ。水沢夢の三作品が集合した、スーパー水沢夢大戦。20巻に渡る作品を完結させた作者へのご褒美なんだろうか、ノリノリで描いているのが透けて見えるような一冊。これほど折り目正しいMOVIE大戦オマージュはそうそうお目にかかれないと思う。さすがに単品でおすすめするのは難しいけど、見事なカーテンコールだったと思います。

比嘉智康 『あの夏、僕らに降った雪』 (角川文庫)

あの夏、僕らに降った雪 (角川文庫)

あの夏、僕らに降った雪 (角川文庫)

  • 作者:比嘉智康
  • 発売日: 2020/12/24
  • メディア: 文庫

「湊さんはわかるかな? 人が完全に無関心な何かを見るときのまなざしって、それはもう、冷たくすらないの。冷たさを感じるほどの間も見てくれないから。目がね、合わないの」

高校2年の夏休み。いとこの悪巧みに乗り、年齢をごまかして治験のバイトに潜り込んだ湊は、深夜の病棟で入院患者の莉子に出会う。あらゆることから関心を失っていく難病、「無関心病」を患い、一ヶ月の余命だという莉子。湊は闘病のドキュメンタリーを撮るという莉子に協力することになる。

わたしはいつか大好きなキミから関心を失ってしまうだろう。北海道の短い夏、最後の恋物語。いわゆる難病もののフォーマットに乗っており、良く言えば安定している。「無関心病」と、それによって失われたものの描写は短いながら鋭い。とはいえ、物語としての新鮮味や面白みはあまり感じられなかったかなあ。

石川宗生 『ホテル・アルカディア』 (集英社)

ホテル・アルカディア

ホテル・アルカディア

このヴァン・ゴッホの亜種は、一部地域の古民家の天井裏に棲息している。ゴッホがいるかどうかを調べるのは簡明で、光源がないにもかかわらず壁一面が星空のように光り輝いていたり、人の耳の断片らしきものがそこらじゅうに落ちていたりしたら、棲息していると判断してまず間違いない(光は蛍光性の体液によるマーキング、耳のかたちをした断片は排泄物だとされている)。天井裏という手狭な環境に適応するため身体が矮小化している一方、目はひまわりのごとく巨大化しており、暗闇のなかで灼然と輝きながら自在にうごきまわる。生け捕りにするのは非常に難しく、もとより希少生物であるがゆえに、発見されるのはミイラ化した死体と相場が決まっている。

ホテル・アルカディアに集まった七人の芸術家たちが、支配人の娘のために綴った物語の数々。多国籍・無国籍な10ページ前後のショートショートを20編以上積み重ね、物語はぐるぐると循環してゆく。奇想、幻想、SFとテーマもモチーフも読み味も雑多でバラバラ。個人的には「チママンダの街」「No. 121393」が好きかな。のんびりゆっくりとページをめくっていけば、きっと気に入る話があることでしょう。

酉島伝法 『るん(笑)』 (集英社)

るん(笑) (集英社文芸単行本)

るん(笑) (集英社文芸単行本)

  • 作者:酉島伝法
  • 発売日: 2020/11/26
  • メディア: Kindle版

濃い影が動いた気がした。振り向くと、さっき言葉を交わした女が、砂の中から引きずり出されているところだった。砂まみれの施療服姿のしなだれる様は、茹ですぎた春菊めいていた。

「おい、聞いたか。平熱が三十八度に引き上げられたって」

誰かがそう話すのを聞いた。

薬なんて飲んじゃだめ、自分の免疫を信じてあげて! と妻に言われ高熱の日を送る「三十八度通り」、末期の癌、もとい蟠りことるん(笑)に侵された女性の治療を描いた「千羽びらき」、猫の存在しない町のある少年の冒険「猫の舌と宇宙耳」の三編を収録。科学的見地が軽視され、スピリチュアルでオカルトで恣意的な考え方が支配的となった美しい国、日本。平和を守りながらも衰退の一途をたどる社会をスナップショット的に切り取った短篇集。「奇才・酉島伝法がはじめて人間を主人公にした作品集!」というだけあって(?)、作者一流の作風もありつつ、風刺と皮肉をストレートに効かせている印象。体調不良の描写が真に迫りすぎて、読んでいるうちにつられて体調が悪くなる。高熱を出した日に見る悪夢をそのまま描出したような。年を跨いで読むのに相応しい、ひたすら気味の悪い小説でした。