川岸殴魚 『呪剣の姫のオーバーキル ~とっくにライフは零なのに~2』 (ガガガ文庫)

「エルフって街じゃなくて森の中の村で暮らしているイメージだったけど」

僕は素直に自分の先入観とこの街の印象の差を口にする。

「それは中流以上のエルフだ。森も村もタダじゃない。森をいくつも持つエルフもいれば、土地を持てないエルフもいる」

並んで歩くのが難しいほどの狭い通路をこちらに向かって駆けてくるエルフの少年たち。

シェイは少年の突進をひょいっとかわす。

板壁すれすれを駆け抜け、きゃっきゃと歓声を上げて通り過ぎていく。

〈屍喰らい〉に呪力を食わせるために、小さなクエストをこなしてゆくシェイたちパーティー。それに退屈を訴えるアーチャーのど根性エルフことエレミアは、パーティーを離脱し、弓の腕を競うエルフたちの大会に参加するという。一方、シェイたちの前には討伐者狩りと呼ばれる謎の脅威が現れる。

呪剣〈屍喰らい〉を駆る呪剣士と、戦場鍛冶師の少年のコンビが送るスプラッタファンタジー第二巻。オーソドックスなファンタジーでありつつも、コメディのテンポを持つ文体は一巻同様、独特の趣がある。今回はエルフの社会と生態にスポットを当てているのが良かった。エルフ社会の格差の様子や、若い見た目のまま頭の中だけ老化してゆくという、負の側面を身近、というか卑近な描写で書いている。ありそうであまり例のないエルフの描写で、良かったと思います。

花田一三六 『蒸気と錬金 Stealchemy Fairytale』 (ハヤカワ文庫JA)

私に残されていたのは、走ることだけだった。

――失礼。良く云い過ぎた。他に上手い策が思いつかなかっただけだ。裸で坂道を全力で駆け下りるなどという経験は、おそらく一生に一度のものだろう。二度とやりたくもないが。『衣服を着けずに運動を行うことによる精神的影響に就いて』とか何とか、小論の一つでもでっち上げられるかもしれない。少なくとも、改めて学んだことがあった。

世の中は意外と、やればできる。

蒸気錬金術(スチルケミー)の実用化によって発展を遂げる19世紀末ロンドン。三文小説家の私は、借金をして紀行文を書くことになった。目的地はイギリスの西に浮かぶ古き理法(ロー)恩寵(ギフト)の島、アヴァロン。

蒸気と幻燈が妖しくゆらめく1871年の世界を、ぼんくら三文小説家と口の悪い少女妖精のデコボココンビが征く。旅行記の体を取っており、語り手の小説家が異郷で見聞きしたものや出会った人、同行する毒舌妖精ポーシャとのやりとり、そして何やら変なことに巻き込まれたらしい境遇をユーモラスに語ってゆく。どうも結構なゴタゴタに巻き込まれた様子は窺えるものの、語りが妙にのんきなせいであまりそうは見えない、というのが話のミソと言える。こういうのも信頼できない語り手と言うのかな。さらっと読んでも楽しいし、アヴァロンでの出来事やこの世界を深く考察するのもまた楽しい。よいフェアリーテイルだと思います。

二月公 『声優ラジオのウラオモテ #04 夕陽とやすみは力になりたい?』 (電撃文庫)

大人っぽく、いい人だった。

それがまた辛くなる。

あんなにいい人で、実力もあったはずなのに、業界から去らざるを得なくなったこと。

悪者がだれもいないのに、苦しくて仕方がない今の状況が。

夕陽とやすみはラジオの企画で一泊二日のロケに参加することになった。先輩声優のめくると花火をゲストに迎え、仲良しっぽさの秘訣を学ぶと同時にリスナーを安心させようと目論むふたりだったが、やっぱりどこか噛み合わない。

クラスメイトで同僚、大嫌いなライバルだけど、互いを確かに尊敬している。そんな気持ちを言葉にして、伝えることで、ふたりの間のみならず様々なことが変わってゆく。それとは別に、失意のまま業界を去らなければならなかった先輩声優もいて。ふたりの新人声優の物語第四巻。同じ仕事をしながら、まったく別の関係を築いてきた三組六人の女性声優を、独特の距離感で描き出している。読んでいてお腹がキリキリしてくるような、ヒリヒリした緊張感がとても良い。リアリティラインを都合よくいじっている印象があるのがちょいちょい気になるけど、そこが見えないくらい改善されたら本当にすごいものになるのではないかという気持ちです。良いものでした。

紙城境介 『僕が答える君の謎解き 明神凛音は間違えない』 (星海社FICTIONS)

推理小説はそんなに読むほうじゃないが、もし解決篇のできない名探偵なんでものがいたら、とんだ欠陥品だろ思うことだろう――

「――え。まさか……?」

「そのまさか、というヤツだ。……凛音本人も、自分がどうやって真実を導き出したのか、わからないんだよ」

カウンセリングルームに引きこもる少女、明神凛音は真実しか語らない。どんな事件であろうと神の啓示のように解き明かしてしまう彼女はしかし、無意識下で推理を行ってしまうため、彼女自身にすらその論理がわからないのだという。クラスメイトの伊呂波は、凛音を教室に連れていくため、「彼女の推理」そのものを推理する。

無意識下で一瞬にしてすべてを言い当てる彼女の推理を、弁護士志望の少年が論理立てて推理する。『継母の連れ子が元カノだった』の作者が送る、デビュー作以来? の本格ミステリにして、本格ラブコメ。いわゆる日常の謎に、推理の推理という謎を重ねた上で、さらにラブコメに仕立て上げた、高いレベルのエンターテイメント。キャラクターもそれぞれ際立った個性を持っており、学生生活の描写なども含めてとても細やかな視点で描いているのが見て取れる。特に弁護士志望の高校生である主人公が良い意味で真っ直ぐで熱くていいヤツ。読後感のとても良い、素敵なエンターテイメント小説でした。

屋久ユウキ 『弱キャラ友崎くん Lv.9』 (ガガガ文庫)

弱キャラ友崎くん Lv.9 (ガガガ文庫)

弱キャラ友崎くん Lv.9 (ガガガ文庫)

「私は、私のために大切な自分を変えようとしてくれた、その事実だけで、十分なんです」

季節は冬。友崎は菊池さんとすれ違い状態になってしまう。長く身に染み付いてきた個人主義で「恋愛に向いていない」と指摘された友崎は、菊池さんの、日南葵の、そして自身のそれまで気づけなかった面に向き合うことになる。

物語を構成していた大前提が一周回って、すべてひっくり返る。シリーズ第九巻。個人と個人が繋がる理由が形を変えて矛盾になり、業になる。最高に良かった。中高生のときに読んでいたら変なこじらせを抱えることになったかもしれない。

それぞれの考え方が物語に仮託して語られる中、日南葵の異質さがますます目立つことになる。キャラクターのモチベーションや悩みを積極的に言語化することがテーマにある物語にあって、ひとりだけ何を考え求めているか明らかにされないこともあるのだろうか。