香坂マト 『ギルドの受付嬢ですが、残業は嫌なのでボスをソロ討伐しようと思います6』 (電撃文庫)

「ま、待て、三日って長期なのか? 週にある二日の休みにちょっと何かくっつけばあっという間に形成されそうな連休……」

「やかましいわ!! そもそもクエスト・カウンターは週休二日じゃなくて、一週間に一日しか休みがないのよ!」

「そ……それは……すまない……」

社会人のわずかな楽しみ、長期休暇を前に、どっかと降り注ぐ新たなダンジョン発見の報せ。このままではただでさえ短い休暇が消えてしまう……。休暇のため、またもや地獄の残業の日々。そんな折、残業で動けないはずの処刑人にそっくりの偽物が現れたという。

偽の処刑人登場、あまりに短い長期休暇、短い帰省、姉が好きすぎるアリナの弟登場、そして強大な敵の登場と、多くないページにけっこうな情報量が詰め込まれた第六巻。アリナを今のアリナたらしめた幼いころの思い出を乗り越え、大切な人たちのために未来を向く。なんだかんだと前向きで強い物語には元気をもらえる。ストーリー的にはクライマックスに突入しそうな雰囲気だけどどうなるんだろう。引き続き楽しみにしています。

悠木りん 『星美くんのプロデュース vol.1 陰キャでも可愛くなれますか?』 (ガガガ文庫)

「ボクは、誰かの『可愛くなりたい』って気持ちを絶対に笑ったりしない。だって、それってすごく勇気のいることだって、分かってるから」

自称“最強に可愛い”女装男子、星美次郎。周囲には秘密のまま、女装して渋谷や原宿を歩いていた彼だったが、ある日隣の席の陰キャ女子、心寧四夜に正体がバレてしまう。心寧は、秘密を守る代わりに自分を可愛くしてほしいと条件を出す。

これまで僕が心寧にかけてきた言葉は、全部、僕がほしかった言葉だ。

『可愛くなれる』も『着たい服を着ればいい』も『似合ってる』も、全部ぜんぶ。

誰かに言ってほしかった。その言葉で、この身の内で僕自身が僕を否定する声を、かき消してほしかった。

僕は、僕を肯定したかった。

“最強に可愛い”ことに自負を持つ女装男子、化粧もしたことのない陰キャ女子にファッションやメイクを伝授する。陰キャ女子を“可愛く”するプロデュースの日々を描くラブコメ。女の子の格好でいっしょに服を選んだり、メイク講座を開いたり。メイクやファッションの描写はシンプルでありつつ非常にキュートで、解像度はかなり高いと思われる。まったく対照的なふたりのやり取りはコミカルで、すいすいと読ませられる。

生きたいように生きることと「普通に生きる」ことの間にあるギャップだったり、そんな人生における自己肯定感の意味だったりを、キャッチーかつコミカルに浮き彫りにしていたと思う。直接関係ないけど、「ミモザの告白」と「星美くんのプロデュース」が同じレーベルで同じ月に出るのいいですね。続きを楽しみにしています。



kanadai.hatenablog.jp

鳴海雪華 『悪いコのススメ』 (MF文庫J)

僕の口の中で、僕の舌と胡桃の舌が複雑に絡み合う。唾液を混ぜ、お互いの過激な部分をべろりと撫でて刺激する。その動きは、粘膜に接触する異物を押し返そうとしているようでも、干渉してくる相手を蹂躙しようとしているようでもあった。

熱い。粘着質な水音と、荒い呼吸音だけが部屋の中で響いている。

舌の動きが激しくなるにつれて、胡桃は僕の後頭部の髪を強く握った。

つられて僕も胡桃の背中のワイシャツを強く握る。

教師による暴言、人格否定、学力差別。歪んだ価値観が当たり前のこの進学校の屋上で、夏目蓮はタバコを吸っていた。それはたったひとりの小さな反抗。そこに現れたのはひとりの後輩、星宮胡桃。すでに退学することを決めていた彼女は、最後に学校への復讐に協力するよう持ちかける。

タバコとキスが結びつけたふたりの校内テロリストは、手を取り合って復讐へと堕ちてゆく。第18回MF文庫Jライトノベル新人賞優秀賞受賞の、「青春ピカレスク・ロマン」。暴言と成績で生徒たちをコントロールするような歪んだ学校をぶっ壊す、というテーマは青春もののライトノベルだとそれなりにあると思っている(『バカとテストと召喚獣』とか)のだけど、洗脳や依存までを真に迫った描写で突っ込んで、ド直球で向き合った作品はかなり珍しいのでは。誰とも共有できない価値観を各々で抱えながら、ふたりきりの部室でキスを繰り返し、学校への復讐の計画を練る。薄暗くてインモラルな、モラトリアムの有り様は、端的に言ってとてもエロいですね。価値観の歪んだ学校で、歪みきれなかったふたりの物語は、セカイ系の正統な後継者なのかもしれない。とても良いものでした。

逆井卓馬 『豚のレバーは加熱しろ(7回目)』 (電撃文庫)

「世界は、変わってしまうのは一瞬なのに、変えていくのには途方もない時間がかかります。お豚さんたちは、それを変えようとしているのでしょう。とても立派なことです」

新国王シュラヴィスは、招待移住(ジノーキス)と称して解放されたイェスマたちを城内へと、半ば強制的に集めはじめる。シュラヴィスから面会すら許されず、その真意をつかめない豚とジェス。なんとか王に会おうとするふたりの前に解放軍の少女セレスが現れ、「自分を殺してほしい」と訴える。

王朝軍から追われる身となった豚一頭と美少女ふたり。逃避行の行方は、王の真意は、そして王朝軍と解放軍の戦いと、超越臨界(スペルクリッカ)で変わってしまった世界の行く末はいかに。アニメ化も発表されたファンタジーの第七巻。豚の皮をかぶったはいるけど、裏切り、悲恋、偽りの民族融和、血統のもたらす狂気と悲劇、といった要素をミステリの文脈で描く、土台のしっかりしたダークファンタジーですよ。あとがきの「某社にも色々あったようですが」とはどこのことを言っているのかな? タイトルその他で損している部分はあると思われるけど、もっと読まれていい小説だと思っております。



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松村涼哉 『暗闇の非行少年たち』 (メディアワークス文庫)

働き始めて一週間で肌が荒れ始め、額に特大のニキビができた。二週間で休日にもゲームで遊ぶ気力さえなくなって、四週間で不眠症になった。薬局で買った市販の睡眠薬は効き目がよくて、つい飲み過ぎる。規定の三倍も飲んで朝まで気絶する。オーバードーズという言葉はSNSのタイムラインで知った。メチルエフェドリンやジヒドロコデインを含んでいる風邪薬が良いらしい。店頭で大量に買うと、店員にマークされるからネット注文で購入する。十錠ほど一気に飲み込んで脳みそをぶっ壊す。いずれ肝臓に異変をきたす。そのリスクも理解していたが、やめられない。

少年院を退院した18歳の水井ハノは、与えられた生活にも仕事にもまったく馴染むことができず、ギリギリの状態にいた。金も行き場もない若者たちが集まる、名古屋・栄の「ブル前」で、ハノは「ハーブ」の入った封筒を受け取る。だが、その封筒に入っていたのは【ネバーランドへの招待状】と書かれた、仮想共有空間(メタバース)のアドレスだった。

新宿のトー横、大阪のグリ下と並ぶ名古屋・栄の「ブル前」にて、少年院を退院した若者たちに渡された仮想共有空間(メタバース)の招待状。顔も名前も知らない、居場所のない子どもたちに、仮想の空間を提供する【ティンカーベル】の目的とは。答えの出ない、現在進行形の問題を描く。今までこういうものを書きたかったんだろうな、という意味で、作者のひとつの到達点かつ通過点なんだろうなと思った。綿密な取材のあとが見て取れる一方、ラストのような幕引きはおそらく作者も信じてはいないだろう。いくらなんでも現実に寄り添いすぎではないかと心配になった。読んでる最中も、読み終わってからも変な腹痛がずっと止まらないよ……。メンタルに重くのしかかる。読むときは気をつけてほしい。