林星悟 『ステラ・ステップ』 (MF文庫J)

「どうしたら、あんな風に笑えるんだろう」

ふと口にして、すぐに疑問が湧く。

私は、笑いたいの?

むかしむかし。たくさんの隕石が墜ちてきて、この国は一夜にして砂漠となってしまいました。人々は新しい国家を建て、闘争や略奪を繰り返していました。暴力の代わりとして使われたのは「アイドル」たちの「戦舞台(ウォーステージ)」。感情を殺し技術を高めることだけに興味を抱いていた「砂の国」の無敗のアイドル、レインは、少女ハナに初めての敗北を喫する。

アイドルは兵器に、ステージは戦舞台(ウォーステージ)に。そこには熱も喝采もなく、負けは許されない。変わり果てた世界を、正反対のふたりのアイドルがぶっ壊す。アイドルとアイドル、アイドルと世界、親と子。あんま良い例えではないけど、SHHisから始まり「朝焼けは黄金色」に着地したような感覚があった。ステージから立ち上がる力と熱の描写はさすがの一言。今月出る二巻も楽しみです。

大丈夫だ。何も心配することはない。

これが第一歩なんだ。虹を渡って歩きだすための、今日がその一歩。

今日ここから始まるんだ。二人のアイドルが、世界を壊す物語は。

ツカサ 『お兄様は、怪物(なぞ)を愛せる探偵ですか?』 (ガガガ文庫)

「うばやき?」

「耳慣れない言葉だよね……だけど、お兄さんも“姥捨て”なら聞いたことがあるんじゃない?」

それなら確かに知っている。

「食料が限られた村で、働けなくなった老人を山に捨てるという……」

「そう、いわゆる“口減らし”。それをね……この村では捨てるんじゃなく“焼いて”たんだよ」。

探偵、混河葉介。助手で妹の夕緋とともに人外の仕業とされる事件の謎を解き、元となる怪異を封じることを己の生業としていた。ある日、捜査六課の依頼を受けて訪れたのは、放火と焼死事件が起こった伊地瑠村。村には“焔狐”にまつわる奇妙な伝承があった。

村長の姪が当主を務める、様々な因習が残った小さな村で起こった焼死事件の謎を兄妹の探偵コンビが解き明かす。怪異と怪物の血が浸透と拡散を果たした現代日本を舞台に描く怪奇探偵小説。横溝正史風の因習ミステリを忠実になぞりつつ、現代的な怪異小説として換骨奪胎した、というのかな。この設定だからこそできた謎明かしは目からウロコが落ちた。キャラクターを大事にするところはデビュー作からぜんぜん変わってないなあ。もっとどろどろしていたほうが好みといえばそうだけど、きれいにまとまっていて良かったと思います。

岩波零 『ゾンビ世界で俺は最強だけど、この子には勝てない』 (MF文庫J)

世界のルールが変わったことはわかっている。今日からは、ゾンビを上手に殺せる人だけが生き延びられるのだ。

けれど、そんな合理的には動けなかった。

ゾンビになってしまった人を殺したくないという気持ちに、嘘をつけなかったのだ。

学校で突如発生したゾンビパンデミック。脱出しようとした幸坂優真は、逃げる間際にゾンビに噛まれてしまう。ゾンビ化と死を覚悟してひとり河原に佇んでいた彼は、同じく逃げ延びてきた友人の妹、日向晴夏と数年ぶりに再会する。優真は晴夏に、自意識を失う前の最期のお願いをする。

ゾンビパニックの極限下で繰り広げられる「極限状態ラブコメ」。お色気シーンあり、大切な人のゾンビ化あり、キスシーンあり。五日間の作中時間にすべてを詰め込み、非常にサクサクと話が進む。もともとゾンビものを書きたかったとのことで、良くも悪くもゾンビ映画のお約束を忠実に踏襲していると思う。ゾンビになったのに意識を保っているとか、人間に戻れるだとか、その理由はほぼ明かされないだとか、都合が良すぎるところも多いので、ある程度広い心はいるかもしれないけど、そういうものだと思って読むぶんにはまあ。まさにB級ゾンビ映画を見るようにさっくり読めるのはいいと思いました。

手代木正太郎 『異人の守り手』 (小学館文庫)

「横浜にはね、陰ながら異人を守る日本人がいるの」

「ほう?」

「居留地の外国人の間で流れている噂ですけどね。ハインリヒさんに何かあっても、その“異人の守り手”が助けてくれるかもしれないわ」

慶応元年、開港したばかりの港町横浜。日本人に加えて各国の外国人たちで賑わう、活気に溢れた町は、攘夷志士たちが起こした生麦事件・鎌倉事件から間もないこともあり不穏な空気が漂っていた。

幕末。新時代の始まりを迎えつつある横浜に、攘夷派から人知れず外国人を守る者たちがいた。「邪馬台国を掘る」「慶応元年の心霊写真」「心配性のサム・パッチ」の三話からなる、作者初の本格時代小説。慶応元年からはじまるストーリーのタイムラインや、同時代の事件、登場人物たちは史実をベースに置いているのが新鮮。もともと時代劇風ライトノベルを描いてはいたけど、よりハード時代劇寄りと言いますか。自前の作風に、博覧強記が加わってけれん味が効きまくった結果、いつも以上にはっちゃけたエンターテイメントになっていたと思う。文庫一冊にかけたとは思えない参考文献の数は伊達ではない。楽しかったです。ファンの方も、変わった時代エンターテイメントを求めるひとも気軽に読んでみるといい。

鳴海雪華 『悪いコのススメ2』 (MF文庫J)

「私はあなたのことが憎いです。私たちのテロがお遊びじゃないって、思い知らせてやりたい。でも、同時にあなたを救いたいとも思っているんです。どうか、わかってください」

胡桃が震える声で発しているのは、間違いなく本音だった。

「あなたのために、あなた自身のために、決断してください。お願いです」

ただ幸せを切に願う、僕らの本音だった。

「でないと、死んでしまいます。あなたの生命か、心か、どちらかが先に」

文化祭で学校へのテロを成功させた蓮と胡桃。だが、腐りきった学校は変わることはなく、何事もなかったかのように元に戻っていた。そして迎えた夏休み。ふたりは新たなテロを企てるが、学年トップの優等生、七々扇奈々に犯行を知られてしまう。学校にバラされることを恐れるふたりだったが、七々扇は自分もテロのグループに加えてほしいと言い出す。

暴言とハラスメント、洗脳で腐りきった高校へのテロ。だが、そのテロは学校ではなく本来救うべき者を攻撃していた。私怨による復讐、自分たちと同じ立場の人間を救うためのテロ。しかし、現実はそんなに単純にはできていなかった。

ふたりきりの学校へのテロを描いたピカレスクロマンの第二巻。見るべきものから目をそらして、テロを敢行していたふたりだけの世界は、闖入者によって破綻し、変化していく。恋愛、成長と合わせて、これ以上なくまっすぐ描かれた青春ピカレスクロマンだと思う。あと一巻に引き続いて稀に見るエッチさですね。キスはまだしも、中盤でそういう関係になるとは思わなかった。繊細過ぎるあとがきを公開して、世にその意図の評価を問うてほしいな、と思っています。



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