駿馬京 『あんたで日常(せかい)を彩りたい』 (電撃文庫)

芸術は本来、人間にとって不要なものだと思う。音楽を聴いても腹は満たされないし、本を読んでもいずれ眠気はやってくるし、絵を眺めなくても人は死なない。それでも無形文化として伝わってきたのは、きっと絵を描かなきゃ死んでしまう人間が一定数いるからなんだろうなって思う。あたしもそのひとりで、そんな人間に生まれてしまったのは損だなぁと思う。

芸術や芸能の道を志す学生が集められた、私立朱門塚女学院。とある事情からこの高校に女装して通っていた花菱夜風は、一度も学校に姿を見せなかった謎の生徒、橘棗と出会う。誰にも真似のできない描写と色彩感覚で日常を描き、すでにプロとして活動していた棗は、大きな欠点を抱えていた。

「だからあたしは生きるのが下手だ。自己表現の手段を絵しか持たないから。あたしの言葉は湾曲するからうまく他人に伝えられない」

孤独な少女は自分と世界を繋いでくれる絵筆に出会う。その道では天才と呼ばれながら、言葉で他人とコミュニケーションを取ることができず、普通の高校生活を送ることを望んでいた不登校少女。因習に囚われた旧家で育ったがゆえに普通の高校生活を知らず、姉に代わって高校に通うことになった女装少年。「普通」を知らなかったふたりが出会い送る学園生活。

キャラクターとして確立されながらも、人間の解像度が高いというのかな。「発達障害」や「アスペルガー症候群」という言葉をちらつかせつつ、当事者間では「天才」という比喩は使わない。言いたいことを情報のように一方的に話す少女の語り口には強い説得力があった。ふたりの見えるものの違いと、その違いを形にして生かした文化祭の出し物も良かった。創作論の話と思って読み進めたのだけど、創作がなければ社会で居場所がなく生きることができない天才、ひいては人間の話だった。インターネット界隈や何人かの知人の顔が浮かんだ。できれば多くのひとに読んでほしいな。

東崎惟子 『少女星間漂流記』 (電撃文庫)

「私達は人間で、地球人だ。獣とは違う」

本能的な暴力衝動に支配されたりはしないと信じている。

「いいえ、人間で、地球人だから、獣なんです」

環境汚染でヒトの住めなくなった地球を離れ、馬車を模した宇宙船が銀河を駆ける。乗っているのは科学者のリドリーと、相棒のワタリの二人の少女。次こそは安住できる星に着けるかな……

死人を生き返らせる神のいる星。無数の図書館からなる星。生命の光に包まれた星。移住できる星を求めて、二人の少女は星間銀河を漂流し続ける。Web連載のショートショートをまとめた短編集。テイストが近いのは「キノの旅」になるのかな。星新一のような毒とキレのある「悪の星」。シンプルなファーストコンタクトもの「鳴の星」。この本の中では珍しい、普通にいい話の「本の星」。このあたりが好み。それらを置いておいて、いちばん読まれてほしいと思ったのはあとがき。

私は永遠に『少女星間漂流記』を書き続けます。最新刊が買われ続ける限り。

やがて人類は滅ぶでしょう。隕石の衝突により昆虫以外の生物が全て滅ぶでしょう。太陽は爆発するでしょう。ビッグクランチが起きて世界が暗黒エネルギーに飲まれて無になるかもしれません。物質はおろか時間という概念すら消え去るでしょう。

それでも私は永遠なのです。『少女星間漂流記』が買われる限りね。

ちょっとでも売れて、作者には永遠に近づいてほしいなあ。



dengekibunko.jp

那西崇那 『蒼剣の歪み断ち』 (電撃文庫)

「全ては……決められています。今から五時間後に、私は……あなたに殺されて死ぬ。……そう決められています」

この世界の歪みを内包した超常の物体、《歪理物》(ヴァニット)。「生きたい」と《魔剣》に願った少年、伽羅森迅は、《本》に運命を縛られた少女、アーカイブとともに《歪理物》(ヴァニット)が起こす事件の解決にあたっていた。迅の目的は、アーカイブの依り代になった少女を救い出すこと。たとえそれが彼女を消すことになるとしても。

第30回電撃小説大賞金賞受賞の、呪いと運命の物語。SCPに異能とバトルを組み合わせたような小説で、個人的には今ひとつピンと来なかった。ひとつひとつの《歪理物》(ヴァニット)にもうちょっと焦点を当ててほしかったけど、このあたりは好みの範疇か。

悠木りん 『星美くんのプロデュースvol.3 女装男子でも可愛くなっていいですか?』 (ガガガ文庫)

目を閉じた僕の顔の上、スポンジが柔らかく肌を叩き、ブラシが頬を撫でる。ビューラーが睫毛を挟む度にカシャカシャと、小気味のいい音が瞼の上で踊る。目の周りをアイライナーの細い筆先が縁取り、優しい指先がキラキラ煌めくアイシャドウをまぶしていく。

繊細で、けれど力強い、カラフルでポップな最強に可愛い魔法。

夏休み明けにやってきた転校生、未羽美憂。自分の「可愛い」を捨て、星美の「可愛い」を否定した彼女は、星美の幼馴染であり、トラウマでもあった。ある日、女装して出かけていた星美は街なかで美憂と出会う。正体を隠したまま美憂に接する星美だったが、ついに女装がバレてしまう。

自称最強に可愛い女装男子の物語、最終巻。星美くんが女装をするようになったきっかけ、隠すようになったこと、「いつか可愛いが似合わなくなる時がくる」という迷い、すべてが明らかになってゆく。誰かの「好き」や「嫌い」が、大事な誰かを傷つけることもある。それでも、誰でも「好きに」「可愛く」なっていい。「可愛い」という言葉は呪いにも祝福にも、許しにもなる。「可愛くある」ことに、真剣に向き合った物語だったと思います。女装男子だからこそできた独特の砕けた空気やテキストも多々あり、三巻で終わってしまったのが本当に残念。今からでもいいから、少しでも多く読まれてほしいな……

逆井卓馬 『豚のレバーは加熱しろ(n回目)』 (電撃文庫)

それはまるで、大好きで何度も繰り返し読んでいた本の中から、ずっと一緒に冒険をしてきた少女が飛び出してきたような感覚だった。

結局俺には、あの思い出を本の中に物語として押し込んでおくことなどできなかった。

魔法がこの世界へもたらされたのと同時に、「現実」と「物語」は混ざり合い始めたのだ。

元の世界に豚が戻ってから、もう会えないと思っていたジェスと再会してから一年。豚と美少女の最後の物語が始まる。
あれから一年後の東京、四年後のメステリア、×××年後の断章を描いてゆく、完結巻。筆はおかれるが、物語が終わったわけではない。問題はいくつもあるし、革命から数年程度で平和が来るわけでもなし。でも希望はいくらでもある。作中の言葉を体現するかのような、余韻とその後に想像の余地を残す、良いエピローグだったと思います。章ごとにミステリの仕掛けが施されているのも、最後まで楽しかった。お疲れ様でした。

俺は遂に、豚ではなくなってしまった。豚と少女の恋物語は今夜で終わりなのだろう。しかし見方を変えれば、大きな章が一つ変わるだけのこと。ここで突然道が途切れたりすることは絶対にない。

物語は終わらないのである。

これはきっと、俺たち二人が駆け抜ける長大な冒険譚の、始まりの物語だ。