トム・ロブ・スミス/田口俊樹訳 『チャイルド44』 (新潮文庫)

チャイルド44 上巻 (新潮文庫)

チャイルド44 上巻 (新潮文庫)

チャイルド44 下巻 (新潮文庫)

チャイルド44 下巻 (新潮文庫)

スターリン体制下のソビエト.国家保安省の捜査官レオ・デミドフの同僚,フョードルの幼い息子が死んだ.不幸な事故として処理されたこの死を,フョードルの家族は殺人だと訴え出る.「犯罪は存在しない」はずのこの社会で.やがてレオは彼を敵視する同僚捜査官の計略によって僻地の民警へと追いやられ,この"不幸な事故"がフョードルの息子のみに起こっていたのではないことを知る.
"犯罪者が存在するはずのないユートピア"であるところのソビエトで起こる連続殺人.上巻では発端の事件と,1950 年代のソビエトの恐怖政治の姿をこれでもかと,下巻では事件の真相を描く.ソビエト社会のディテールは理不尽な死と貧困と疑心暗鬼で凝り固まったもので,息苦しいだ窮屈だ,というレベルを完全に通り越していた.倒すべき明確な敵の見えないディストピアはなんとも読んでて憂鬱にさせられる.チカチーロに着想を得たという事件のあらましと,ソビエト恐怖政治の組み合わせも上手かった.しかし話,というか事件は尻すぼみだったかなあ.レオたちが真相に近づくに連れ,話のほうからは徐々に得体の知れない不気味さが抜けていった.確かな形と動機を持った異常殺人者より,主体の見えない恐怖政治のほうがずっと恐ろしく,ずっと気ちがいじみていたのだもの.ライバルの嫁のパンツのにおいを嗅ぐワシーリーがいかに正常で小物じみていたことか.