ジョー・ウォルトン/茂木健訳 『バッキンガムの光芒 ファージングIII』 (創元推理文庫)

バッキンガムの光芒 (ファージング?) (創元推理文庫)

バッキンガムの光芒 (ファージング?) (創元推理文庫)

「反対するわ」憤然とした表情でブリーダはつづけた。「そりゃあいつは悪人でしょうよ。でも、殺したところでどんないいことがあるのよ?」
「じゃあ君ならどうする?」ふと興味を感じて、カーマイケルは訊いてみた。
「彼と結婚して、愛してあげて、バカな考えを改めさせる」
ふたりの男は身をのけぞらせて笑った。

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1960 年.長きに渡る「二十年戦争」はナチスドイツの勝利でようやく終わりを告げた.ナチスドイツとファージング講和を結んでいたイギリスでは,ロンドンで各国代表が集う平和会議が開催されることになる.日に日に不穏な空気が濃くなっていくなか,スコットランドヤードの警部補からイギリス版ゲシュタポである監視隊ザ・ウォッチの隊長へと任命されていたカーマイケルの養女,エルヴィラは社交界デビューを目前に控えていた.
「英雄たちの朝」「暗殺のハムレット」に続く歴史改変小説「ファージング」の三部作完結編.カーマイケルたちはいよいよ危急存亡の秋を迎える.強く残る階級意識ファシズムとが混じり合った奇妙なイギリス.弾圧されながらも生き残るユダヤ人社会.ソ連の存在しない世界で,日本は東アジアの支配を強めており,アメリカは解体寸前に追い込まれている.時間の経過により行き着くところまで行き着いた感のある世界観もさることながら,憎み合い疑いあいながら,ギリギリの線を進む緊張感の素晴らしいこと.作中で行われる差別や,崇拝の対象への知識が十分ではないので,きちんと読み取れているかは怪しい(特にラスト近辺)のだけど…….しかし通して読んでみると「楽天」的なエンターテイメントであることは間違いない.傑作でした.