テリー・ビッスン/中村融編訳 『平ら山を越えて』 (河出書房新社)

平ら山を越えて (奇想コレクション)

平ら山を越えて (奇想コレクション)

調査がおこなわれるにちがいないと思ったので、何本か電話をかけた。本気で望みをかけていたわけではないが、万が一ということがある。〈機構〉にはまだ何人か友だちがいた。なにはなくとも、この光のおかげでわたしたちが月へもどれるだろうと望みをかけていたのだ。わたしが望みをかけていたのは、自分のためだけ、いや、もっぱら自分のためでさえなかった。人類、わたしたち全員、過去と未来のためだった。惑星から飛翔することをおぼえ、そのあとやめてしまうのはひどく残念に思えたのだ。
ごもっとも、飛翔するわけじゃない。むしろ押しあげるようなもの。うめいたり、あえいだりだ。でも、いいたいことはわかるでしょ。

光を見た

ここにあるのは死ばかりだ。来たれ、そしてわれらに加われ。
トムは死にひっぱられるのを感じた。が、命のちっぽけな火花のほうが、いまだに強く彼をひっぱっていた。ウェインライトはまちがっている。死は狂犬ではない。重力のほうに似ている──いたるところにあるが、弱いのだ。長い目で見ればそれを逃れるものはない。だが、あらゆるもの、二、三の細胞までもが、しばらくはそれに抵抗できる。

謹啓

地殻変動により生まれた平ら山.大気さえ届かない山頂を越えるトラッカーは,ヒッチハイクの少年を拾う.「平ら山を越えて」は奇想と懐かしさが 3:7 で混じり合った妙な味.
今とは違う遠い未来の話.三人の子どもたちが飛行機でたどり着いた先にあったのは,「ちょっとだけちがう故郷」だった.ひねりを加えつつも王道を行く少年少女の冒険小説の風情.
「ザ・ジョー・ショウ」はファースト・コンタクトもの.テレビの中に現れた宇宙人は,勃起していないとまともにものが考えられないらしい.くだらなくて良いなあ.マウスにそんな使い道があったなんて,目から鱗ですよ.
月面から地球へ届く規則的な光が現れた.うん十年ぶりに月面の地を踏んだ宇宙飛行士たちの目の前に現れたものは.「光を見た」はユーモアと皮肉がぴりりと効いたファースト・コンタクトもの.伏線とその回収に舌を巻いたのだけど,それ以上におとなりのウィロビーさん(元 FBI)に笑ってしまった.さすが FBI!
「カールの園芸と造園」は,植物がまったく育たなくなってしまった世界で園芸屋を営む男とその相棒の話.ラストはわりと斜め上なのだけど,弱りきった大地を切々と描いたあとだけに,悲しみがまさるというもの.
「謹啓」は抽選で合法的に間引きがおこなわれるようになった世界で,一度は死を受け入れようとし,抗おうとした老人たちの話.皮肉が効いててどことなく悲しくて.
ほか,「スカウトの名誉」「マックたち」ジョージ」を収録.六年ぶりに刊行された,国内では二冊目となるビッスンの短篇集.この名前を見るたびに数年前の SFセミナーを思い出すのは私だけではあるまい.こうして読むことが出来てほんとよかったです.