パオロ・バチガルピ/中原尚哉・金子浩訳 『第六ポンプ』 (新☆ハヤカワ・SF・シリーズ)

第六ポンプ (新☆ハヤカワ・SF・シリーズ)

第六ポンプ (新☆ハヤカワ・SF・シリーズ)

「レイクハバスシティの教訓でな。ゆっくりやるべきだと悟ったんだ。一定の公式にもとづいてやった。一度に消滅させる都市の数や人口規模をどれくらいに抑えれば、過剰な反発を招かずにすむか。中国からの助言らしい。やつらは共産党時代の古い産業を順ぐりに閉鎖していった経験があるからな。とにかく、その計画どおりになってた。ひとっこひとりいねえ。動いているのはハイウェイのトラックと、石炭列車と、トラック用のサービスステーションだけだ」

タマリスク・ハンター

デビュー作を含むパオロ・バチガルピの第一短篇集.自然環境の激変で滅びかけた世界が舞台,というのはほぼ共通しているのかな(一篇は除いて).「どうしてこうなった」という舞台背景をくどくど描くことがないので,漫然と読んでいると分かりにくいかな,というのは『ねじまき少女』を読んだときも感じたこと.真綿で締めるような,しっとりとした悲劇(一部喜劇?)というのかな.いずれ甲乙付けがたい傑作ぞろいなので,みんな読んでみるといいですよ.
少年が渡されたデータキューブの中に入っているもの,「ポケットのなかの(ダルマ).キューブの中の人がこのままでは○○できないと言うのにちょっと笑ってしまった.笑っちゃいかんけど.
全身を楽器のように「フルート化」させられた姉妹を描く「フルーテッド・ガールズ」.月並みな感想だけど演奏のシーンが素晴らしい.ラストへ持っていくまでの盛り上げ方も凄く良かった.ドールクラスタは好きなのではないかしら.
「砂と灰の人々」,遠い未来,大幅に肉体改造を施した人間たちが,一頭の本物の犬を見つける.ちょっといい話かと思いきや.「神」を自称する人間の意識をさらっと描いていてウヒョーってなった.動物好きのひとは読んでみるといい.
「パショ」は,旧弊が根強く残る村に,パショ(修道士みたいなものか)となって戻ってきた男と,頑固に対立する祖父の構図.パショの理屈はたぶん一貫していると思うのだけど,後味が悪いこと.
「タマリスク・ハンター」は,干ばつによってカリフォルニア州が水を独占するようになったアメリカで,水を大量に吸うタマリスクを伐採して水割り当てを稼ぐ男の話.なんというか,身も蓋もないな!
医学の進歩によって不老不死を実現していた人類は,妊娠・出産を厳しく取り締まっていた.「ポップ隊」は,その取締警察の男の話.子どもを産む・育てることの意味を,かなり直接的に描いている.特段に優れた短篇というわけではないと思うのだけど,テーマ的にえらく突き刺さってくる.
「カロリーマン」イエローカードマン」は,『ねじまき少女』に続いていく世界の物語.熱や湿気やにおいが伝わってくる描写は『ねじまき少女』と同様.
「やわらかく」,衝動的に,ふざけ半分で妻を殺してしまった男のそれから.純文学っぽい? この短篇集のなかではかなり異色な短篇.
「第六ポンプ」,ニューヨークの下水処理施設を管理する職員の苦労.やー,一億総白痴化の姿なのかしら.主人公も図書館に着くまで気づいていないのが味噌かな.