野尻抱介 『南極点のピアピア動画』 (ハヤカワ文庫JA)

南極点のピアピア動画 (ハヤカワ文庫JA)

南極点のピアピア動画 (ハヤカワ文庫JA)

誰がどんな境遇にいて、どんな意図で作ったのか、省一は知らない。匿名で投稿されるものがほとんどだった。
だが作品を通して想像することはできた。
彼らは宇宙への想いを共有している。多数のパラメータを丹念に調整したボーカロイドの歌声は、ビブラートひとつにも作者の気持ちがこもる。それはただの合成音声ではない。人間の歌そのものだ。その歌で結びついた人の輪によって、自分は今ここにいる。
省一は外を流れるナトリウム灯の列に目をやりながら、この夜のことを忘れないだろうと思った。

南極点のピアピア動画

月にクロムウェル・サドラー彗星が衝突してから二ヶ月.月面探索ローバーの研究ができず修士論文が書けなったうえに彼女に逃げられてしまった省一は,動画共有サイト「ピアピア動画」のタグ「ピアピア技術部」に集まった有志の協力を得て,宇宙を目指すことになる.
動画共有サイト「ピアピア動画」とボーカロイド「小隅レイ」を中心として関わりを持った人々が世界を大きく変えてゆく.尻P こと野尻抱介の五年ぶりの新刊は「南極点のピアピア動画」「コンビニエンスなピアピア動画」「歌う潜水艦とピアピア動画」「星間文明とピアピア動画」の四篇からなる連作短篇集.以前『地球移動作戦』を読んだときにも感じたことなんだけど,今ある身近な技術から頑張れば手が届くような,直接地続きになった未来に,何かとんでもないものがあるってすごいことだと思うし,すごくワクワクする.ネットに集まった匿名の人々がひとつの何かを成し遂げるというのは,意地悪な見方をすれば脳天気だし,性善説に寄り過ぎだとは思う.思うんだけど,ロマンと希望がすごく満ちあふれた,力強い世界観が好きすぎる.ニコニコ動画がきっかけで実際に人生のベクトルが変わったひとを知ってるってのもあるかもだけど,そういう世界を信じたくなるというかね.傑作でありました.