神林長平 『ぼくらは都市を愛していた』 (朝日新聞出版)

ぼくらは都市を愛していた

ぼくらは都市を愛していた

二〇二〇年夏、都市はその全機能を停止した。その状態を端的に表現するならば、〈都市は言葉を失った〉というのが最適だろう。空中波による通信システムのすべてが、沈黙した。
空はどこまでも青く澄んでいて、見ているとなぜだか泣きそうになる。子供のころに見上げた都市の空は、こうではなかった。晴れていてもどこかしら霞がかかっているような白っぽい青空で、いまにして思えば、あのブルーグレイの空の色は、空中を渡る無数の通信波や放送電波によるもの、すなわち電磁波に満ちた空間の色だったのだ。電磁波を使った人類のおしゃべりが青空を湿気のあるグレイにしていたのだろう。
いまはだれも語らない。都市は沈黙している。まったく静かだ。

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デジタルデータのみを破壊する原因不明の現象,〈情報震〉の頻発によって,人類は戦争状態に突入していた.最前線である無人のトウキョウシェルターに進軍した日本情報軍中尉・綾田ミウ率いる第三小隊は,そこで想定外の敵に出会う.
綾田ミウの戦闘日誌に書かれる無人のトウキョウシェルターと,人工神経網を埋め込まれた公安部の「わたし」の行動する東京を交互に描く.「いま集合的無意識を、」(感想)とキーワードや問題意識はかなり共通している.伊藤計劃の遺したものに挑みかかるような姿勢も同様.情報と言語が人間世界を形作っている,という作者がずっと抱えている意識と噛み合い,〈都市〉の意味するところが明らかになってゆく物語に不思議な美しさと切なさが生まれてくる.