アンナ・カヴァン/千葉薫訳 『ジュリアとバズーカ』 (文遊社)

ジュリアとバズーカ

ジュリアとバズーカ

わたしが望むことといえば、ぐっすり眠ったままでいられるように、すべてのことが前と変わらぬままで進行すること、ただ虚空にあいた穴のような存在になること。ここでだろうがどこだろうが、可能な限り長く――望むらくは永久に――存在しないことだ。

「これは彼女の注射器だ。わたしのバズーカ、彼女はいつもこう呼んでいたよ」かすかな、さびしそうな笑みを浮かべて医師が言う。「少なくとも二十年はたっている物にちがいない。ほら、目盛りが、しょっちゅう使っているんで消えてしまっている」金属製の容器で沸騰した湯の中にいつも入れておき、殺菌状態を保つガラス製の注射器とは違い、この使い古されたプラスチックの注射器はこわれない。この変色した古い注射器はいつでもどこかに置き放しにされ、細菌とか、いくつもの戦争や街の雑多なほこりがたまっていた。それでも、ジュリアには大した害はなかった。ときたま感染しても、ペニシリンで簡単に治ってしまい、特に大変なことはなかった。「そういう危険について、みんなやたらに大げさなのよ」

ジュリアとバズーカ

1981年にサンリオSF文庫から出版された短篇集の復刊.精神病院を離れることのできない女の述懐「以前の住所」から始まり,麻薬中毒者だったジュリアの在りし日を語る「ジュリアとバズーカ」で終わる.男との関係や他人との関係,その関係の中に自分が存在する場所,現実との接点を探ってゆく.霧の向こうに見える非現実に己の居場所を見出す「霧」.“心がない人間と、与えることを知らぬ機械”の世界で英雄にすがろうとする「英雄たちの世界」.「彼」がいなくなり,奇妙に歪んでしまった世界で「彼」の幽霊に出会う「取り憑かれて」.『アサイラム・ピース』(感想)と比べると,より小説的な技巧が凝らされている,かな.そういう意味で読みやすくすすめやすい.言葉と表現が美しく,どこか冷え冷えと冴え渡っているのだけど,一度引き込まれるともう戻れない.ただ,二度三度と読んで,ようやく作者の一端が理解できる,という感じなのではないかなあ,とも思った.死と解放が表裏一体となった表題作をどう取ればいいのか.個人的にはハッピーエンドだと思ったのだけど,それでいいのか現時点であんま自信がない.