J・G・バラード/増田まもる訳 『楽園への疾走』 (創元SF文庫)

楽園への疾走 (創元SF文庫)

楽園への疾走 (創元SF文庫)

空と海で趣向を凝らしたバレエが演じられていた。合意されたシナリオからめったに逸脱することのない、稽古に稽古を重ねた演技であった。サン・エスプリ島の陰鬱な舞台装置が背景で、積乱雲が不機嫌な精霊のように山頂に居座り、そのペティコートは黒い火山灰の浜辺に打ち寄せる波の絶え間ないしぶきにきらめいていた。海は起伏をくりかえし、海面は迷路のような波紋によって縦横に線が描かれていたが、それは毎日の対決の攻撃と反撃の痕跡ともいうべき書きなぐりの文字だった。

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アホウドリ保護とフランスの核実験反対を訴え,環境保護活動を行なっていた40代の女医,ドクター・バーバラ・ラファティ.彼女に惹かれた少年ニールは,ドクター・バーバラや活動家たちと共にタヒチ沖の島,サン・エスプリ島に希少動物の自然保護区を作ることになる.その活動が世界中に知られるに連れ,なにかが狂いはじめる.
南の孤島が狂気に彩られた楽園となる.みぞおちのあたりがギュッと重くなるような,楽園ハーレム小説.久しぶりにバラードを読んだけどもやはり凄まじいものがあるな.主要な登場人物のほとんどが狂っていて,一貫した論理みたいなものもないのに,暴走したり極端な方向に話が振れたりしない.理屈を語らず静かに狂った状態を破綻させず,ものすごく際どいバランスでジリジリと進む物語は,サン・エスプリ島の風景,海,セックスの幻惑的な美しさもあり,読んでてすげー楽しくて,マジで気持ちが悪くなる.ちと長いかなーという気は正直したけれど.すごいものを読みました.