富良野馨 『真夜中のすべての光』 (講談社タイガ)

真夜中のすべての光 上 (講談社タイガ)

真夜中のすべての光 上 (講談社タイガ)

  • 作者:富良野馨
  • 発売日: 2020/04/21
  • メディア: Kindle版
真夜中のすべての光 下 (講談社タイガ)

真夜中のすべての光 下 (講談社タイガ)

「教わって、美味しくて、好きに」

そして小さく呟くように繰り返すのに、大きくうなずき返す。

「そう。教わって、美味しくて、好きになったんだ」

君と同じに、そう続けたいのをあえて呑み込む。

「設定」だから好きになった、でもそれは「もともと自分は知らなかったことを教えられて好きになった」のとそんなに違いがあるだろうか。

最愛の妻、皐月を27歳で失い、失意のどん底にいた彰は、たまたま街で見かけた仮想都市アトラクション『パンドラ』に参加することにする。それはふたりが学生だった7年前、愛する人とともに参加した仮想都市開発プロジェクトの発展型だった。

人生のすべてだった女性を失った男は、ともに過ごした仮想都市のなかに昔の妻を探し求めるうちに、『パンドラ』をめぐる大きな疑惑に巻き込まれてゆく。第1回講談社NOVEL DAYSリデビュー小説賞受賞作。

「……人間が皆、人工人格だったら良かったのに」

それはきっと、理想郷だ。思考が最短ルートで理想の結果に接続し、そこから決して他の方向にはブレない世界。すべてがスムーズで、摩擦や軋轢の一切ない世界。

人工人格たちがヒトをもてなす仮想リゾートパンドラ。そこは現実そっくりの仮想世界。あまりにも弱く馴れやすいヒトの脳と、無駄とブレのない人工人格。パンドラや人工人格は、SFとしての厳密さに必要以上にとらわれず、揺らぎやすいヒトの心情を描くための装置という印象ではある。ただし、その描写力は本物だと思う。27歳の男のあまりに鬱々とした心情と、出会ってからの思い出が折り重なるように語られる序盤は、かなり引きずられた。「人間らしさ」を真っ向から描いた、真摯な物語だったのではないかと思います。