小川楽喜 『標本作家』 (早川書房)

私は、生涯、人間という生き物を畏怖しながら、その強さと美しさに憧れて、彼らの願っている幸福とは何か、なぜ人々は争ってまでそれを手にするのか、多くの物語のなかで賛美されている人間性とはどのようなものか、それらについてを考えて、自分自身の幸せからは遠ざかっていった、痴れ者です。人のかたちをした不安です。

人類が滅亡し、地球が氷に覆われた西暦80万2700年。高等知的生命体「玲伎種」によって再生され、不老不死化を施されたわずかな数の歴史的作家が〈終古の人籃〉に収容されていた。19世紀から28世紀にかけて歴史に名を残す偉大な文学者、恋愛作家、ファンタジー作家、ホラー作家、SF作家、ミステリ作家……。永遠の命とひとつの願いを叶えるため、作家たちは作風や才能を混淆させながら、「玲伎種」に捧げるための共著を永遠に書き続けていた。

第10回ハヤカワSFコンテスト大賞受賞作。人類がもういない世界で、数十万年以上に渡る、精神を混淆させながらの執筆活動は何をもたらし、何を遺すのか。人間への尊敬と畏怖が故に、この世界の創作を終わらせようとする巡稿者メアリ・カヴァンの選択したものは。「創作とは何か」、「人間とは何か」という問いかけを描いた小説は数あれど、数十万年以上の時間と歴史上の作家たちへの溢れんばかりのリスペクトを使って語る。贅沢かつ純粋が過ぎる。元グループSNE所属ということもあってか、まずキャラクターを作って、ロールプレイを回している感覚はあった。厚さと設定に対して高いリーダビリティも良く、作家たちの主観が現出し混淆してゆく〈終古の人籃〉の描写をもっと読みたかった。大賞にふさわしい良い小説だったと思います。