零余子 『夏目漱石ファンタジア』 (ファンタジア文庫)

ここで、ある作家は考えた。

――自由を侵害する暴力を止めるには、それ以上に苛烈な暴力で挑むより方途なし。

作家の名は夏目金之助という。

西暦1906年。政府の言論弾圧や社会主義者の暴力に立ち向かうべく、夏目漱石は自由主義を掲げて武装組織・木曜会を設立する。1910年、伊豆修善寺の旅館で漱石は小銃擲弾によって爆殺される。目を覚ました漱石は、冷凍保存されていたかつての許嫁、樋口一葉の死体に脳移植されていた。

「ま、まさか、私の穴という穴にバナナを詰め込んで、一晩熟成させる気ですか。

「俺を与謝野夫婦と一緒にするな」

「乙女の官能の熱で熟成させたバナナは愛の味がしたとかいうレビューを、雑誌に載せて世間様に公表する気なんですね!?」

「俺を与謝野夫婦と一緒にするな!」

明治時代のオールスターがそれぞれの目的を持って入り乱れる、第36回ファンタジア大賞大賞受賞作。虚と実が入り交じり、その境を曖昧にしてゆく語りは、間違いのない「本物」だった。夏目漱石(反政府武装組織首魁にして女体化)、森鴎外、野口英世、藤田五郎、芥川龍之介、寺田寅彦などなど、明治オールスターだけあって全員頭が良く、変に理屈をひねらずとも珍奇な話がすっと通じるのも良い。幕間に「史実」「虚構」タグ付きの解説がついているのが優しい(かえって混乱を誘っている可能性もありそうなんだけど)。まれにみる怪作であり、傑作であったと思います。