東崎惟子 『少女星間漂流記2』 (電撃文庫)

「でも、優しくて真面目な奴って、小説書くの向いてないよ」

「そうなの?」

「そうだよ。小説って、性格悪くて、穿った物の見方する奴が書くから面白いんだよ。少なくとも私はそういう書き手の書くものを面白いと感じる。普通の人とは違う視点や発想に面白さを感じる……」

人類の住めなくなった地球を離れ、安住の星を求めて旅するワタリとリドリーの星間漂流記、第二巻。なんか、全体的に底意地の悪い短編が多くない? クソな小説に対して「読めるゴミ」って表現すごいな。……という違和感への回答であり、色んな意味で今回の本を象徴していた「書の星」。忙しいひとのための「まだ人間じゃない」こと「勲の星」。田中啓文や牧野修を思わせるグロテスクな「子の星」。クソバカ百合SF、と呼ぶのがしっくりくる「白の星」。衝撃の実話(作者がTwitterで実話だと言っていたから実話なんだろう)が語られるあとがきが好みでした。今どきの出版事情では難しいのかもしれないけど、のんびり長く続いてほしいタイプの短編集だなあと思っています。



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緒乃ワサビ 『天才少女は重力場で踊る』 (新潮文庫nex)

「未来とのやりとりができる装置。リングレーザー通信機。どうだい、夢のようだろう」

どう返事すればいいかわからず、曖昧なうなずきだけを返した。

物理学科4年の万里部鉱は、単位のために訪れた研究室で、異様に不機嫌で風変わりな少女と出会う。少女の名前は17歳にして教授だという三澄翠。翠と老教授が発明したのは、未来と交信することができるリングレーザー通信機。鉱は卒業単位のため、通信機のメンテナンスと、翠のお世話をすることになる。

『わたしとあなたが恋をしないと、世界は終わる』。2031年との通信に乗せられた、世界を救うための方法とは。『STEINS;GATE』を思わせる設定の青春小説。といっても、種明かしの部分はSFよりミステリに近い、のかな。ビジュアルノベル作家の初小説ということもあって、日常パートに多くのページを割いている印象が強い。悪くはなかったんだけど、個人的に期待していたものとはちょっと違ったかも。

新八角 『小説 劇場版モノノ怪 唐傘』 (角川文庫)

「これが……大奥だというのか。

三郎丸はとうとう全身から力が抜け、頽れた。

「こんなものが……」

三千人の女が暮らす大奥の門を、新人女中のアサとカメがくぐる。大餅曳の儀を前にして落ち着きのない大奥に、情念がモノノ怪となり、やがて事件が起こる。

今月末公開の『劇場版モノノ怪 唐傘』のノベライズ。淀んで腐った水が留まり、女たちの腹の見えない権力争いと情念が渦巻く大奥の雰囲気は十二分。嗅覚に訴えてくる文章が怖い。実質的な主人公ともいえる、アサとカメの対象的な姿も印象深い。原作の知識はまったくないのですが、大奥小説として、妖怪小説として良かったと思います。



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零余子 『夏目漱石ファンタジア2』 (富士見ファンタジア文庫)

シャーロック・ホームズは世界にしっかりと爪痕を残していた。

ホームズの冒険の熱に頭の回路を焼き切られた者は数多いる。

彼らはホームズの叡智が供給されているうちは人間としての精神を維持していたが、ホームズの叡智が絶たれると、その精神を危ういものにしていった。

過激探偵愛者(ハイパーシャーロキアン)――推しであるホームズの死によって精神に異常をきたした者は、一般にそう呼称される。

禁忌の兵器、學天則を駆逐するため、夏目漱石は帝都で活動を続けていた。ある日、森鴎外から新たな學天則が伝染病研究所の地下で開発されているとの情報がもたらされる。新型學天則の開発者は北里柴三郎。學天則の脳として、漱石の英国留学時代の師、コナン・ドイルの脳が使われるという。

表現の自由のため戦う夏目漱石(体は樋口一葉)の帝都冒険アクション小説第二巻。さすがに一巻ほどのインパクトはなかったけど、一発ネタに終わらせることなく、虚と実を織り交ぜた物語を組み立てていたのは引き続き見事。1894年の香港でのペスト流行や、シャーロック・ホームズの死、留学時代の夏目漱石といった同時代の出来事を、うまいこと絡めて、エンターテイメントとしてまとめ上げた手腕は確かなものだと思う。森と北里・高木兼寛、脚気菌と貧民散布論、陸軍と海軍、それぞれの確執と対立を語るパートではまるで司馬遼太郎を読んでいるような心持ちにさせられた(皮肉とかでなく)。歴史エンターテイメントとして、本当に良いシリーズになったと思います。



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八目迷 『ミモザの告白5』 (ガガガ文庫)

自由とは、本能の奴隷で。

普通とは、価値観の押しつけで。

恋愛とは、傷つけ合うことの承認で。

何気ない言葉に隠れた暴力性に気づいたとき、息が詰まって、何も言えなくなる。

「なんも分からん……」

俺の声は、トンネルに入ったときのごおー、という反響音にかき消された。

咲馬の告白から、汐と咲馬は付き合うことになる。普通の恋人のように、ふたりは一緒に過ごす時間が増える。高二の三学期、北海道での修学旅行が近づきつつあった。

冬の北海道での修学旅行は、誰も予想しなかった方向へと向かう。帯に曰く「恋と変革の物語は終わり、新たな時代がやってくる」。ひとつの青春のピリオドを描いた最終巻。修学旅行でのアクシデント、未整理のまま赤裸々にされたいくつもの本音、「普通」に生きることの意味。からの、ラストが本当に素晴らしかった。

俺が階段だと思って上ってきたものは実はエスカレーターで、汐は息を切らしながら本当の階段を一段一段上っている……そんなイメージが頭に浮かんだ。俺がなんとなく享受している日常も、汐にとっては努力してようやく得られるものなのかもしれない。そう考えると、胸が痛んだ。

ふたりをはじめとした子どもたちはもちろんのこと、生徒たち、子どもたちのことを考えて守ろうとする先生や大人たちの確かな存在感も良かったし、何より最後の最後までトリックスターを貫いた世良の存在感も良かった。もし世良がいなかったらぜんぜん違う小説になっていた、というか話自体が動かなかったのではないかな。過不足のない完璧な最終巻だったと思います。お疲れ様でした。全五巻とさほど長い小説ではないのでみんな今からでも読んでほしい。