柞刈湯葉 『横浜駅SF』 (カドカワBOOKS)

横浜駅SF (カドカワBOOKS)

横浜駅SF (カドカワBOOKS)

「富士山の山頂か」

「ああ。自然の地形は三八〇〇メートルくらいまでらしいがな。駅が積もりに積もってついに四〇〇〇を超えた」

花畑の窓からも黒富士が見えた。あの山もかつては雪と土壌を露出させる火山だったという。横浜駅が増殖をはじめてから二〇〇年あまり、もはや自然の山は本州にはほとんど残っていない。

改築を繰り返す横浜駅が自己増殖をはじめてから約200年.すでに本州の大半は横浜駅に覆われていた.駅の外側で育ったヒロトは,エキナカから現れた「キセル同盟」の男から,「18きっぷ」と呼ばれる端末ととある使命を託される.

自己増殖を続ける横浜駅.その構内を行く,400キロの旅の行く末にあるものとは.第1回カクヨムWeb小説コンテスト,SF部門大賞受賞作.構造遺伝界によって自己進化した横浜駅といい,今とは違う意味を持つようになった「駅」や「駅員」,「Suika」,「自動改札機」の異様な姿やJR統合知性体*1といい,ネタの密度が恐ろしく濃い.ページをめくるたびにネタの奔流に押し流される.

単にネタを詰め込んだだけではなく,エキナカの社会やJR北日本,JR福岡,うらぶれた四国のディテールも楽しい.素直に読めばディストピアなんだけど,九十九段下の生活をはじめ妙に気の抜けたところもあり,お気楽に読めるのは良いところだと思う.とてもバカバカしくて楽しい,とても良い奇想SFでした.



kakuyomu.jp

*1:Japan Railwaysではない

宮澤伊織 『僕の魔剣が、うるさい件について4』 (スニーカー文庫)

僕の魔剣が、うるさい件について 4 「僕の魔剣」シリーズ (角川スニーカー文庫)

僕の魔剣が、うるさい件について 4 「僕の魔剣」シリーズ (角川スニーカー文庫)

色褪せ、朽ちかけようとする《夜来たる》の鋼の上を、星が駆けた。

ああ――――見よ。

三六〇〇年かけて培われてきた、神と、人と、剣の織り成すとてつもない呪詛が、黒々と世界の上に降りてくる。

夏王朝の時代に,鍛冶神,蚩尤によって仕掛けられた刕蠱は,魔剣《夜来たる》(Nightfall)と《虚数》によって成されようとしていた.魔剣《夜来たる》と遣い手吏玖の物語,完結.かっこいい来歴と名前を持ったかっこいい魔剣の戦い.三千年以上かけた呪詛.やるべきことをすべてやった,完璧な現代伝奇小説だと思う.感想を書くたびに同じことを言っている気がするけど,タイトルに騙されず手に取ってみるといいさ.

渡来ななみ 『さくらが咲いたら逢いましょう』 (メディアワークス文庫)

さくらが咲いたら逢いましょう (メディアワークス文庫)

さくらが咲いたら逢いましょう (メディアワークス文庫)

桜の樹の下には屍体が埋まっている……という、有名な小説の書き出しがあるらしいけれど。

あたしとあなたの場合、それはあながち現実離れしていないわね。

桜の樹の下には、あたしたちが埋まっている。

桜の名所として知られる田舎町,千里町.ここには,時を超えてひとの縁を結ぶと言われる「トキノサクラ」の伝説があった.ある春の季節.五歳の僕は,半透明の不思議な桜の樹の下で歌う女性と出会う.

戦前から21世紀末まで.伝説の桜の樹が取り持つ,時間を超越した「縁」の物語.不思議な話なようでいて,肝心なところを上手にはぐらかしているという印象.ループものの一種と言えるのかもしれないけど,どうも説明が難しいな.帯やあらすじは「泣き」を強調しているのだけど,個人的には言いようのない不安が残る一冊でした.

野﨑まど 『バビロン II ―死―』 (講談社タイガ)

バビロン2 ―死― (講談社タイガ)

バビロン2 ―死― (講談社タイガ)

「そして我々は今、次の一歩を踏み出すことができるところに来ています。それは自殺を《黙認》する時代を経て辿り着く、自殺を《公に認める》時代です」

齋は誰に邪魔されることもなく、自らの主張を謳いあげる。

「自殺法とは、人がこれまでの間違った認識を覆して社会を変革する“市民革命”なのです」

「自殺法」の提唱と64人の同時自殺ののち,新域の長,齋開化は姿を消した.第一回の新域域議会議員選挙が近づくなか,齋の行方を追うべく,東京地検特捜部検事,正崎善を筆頭にした法務省・検察庁・警視庁をまたいだ機密捜査班が組織される.そんな正崎たちをあざ笑うかのように,齋は自殺法の賛否を問う公開討論の開催をネット経由で呼びかける.

自殺は本当に悪なのか.「善」と「悪」について議論し,考え続けること.とても主語が大きくて,ある意味穏当なテーマに,とんでもない仕掛けと毒を流し込んだかのような.けっこうな力技を使っている気もするのだけど,それ故に想像がつかないということもある.「読む劇薬」の煽りがまったく大げさではない.すごいすごい.この二巻の時点でとんでもない傑作.しかも次でどうなってしまうのかぜんぜん想像がつかない.本当に楽しいし幸せなことだと思うのです.



kanadai.hatenablog.jp

軽井沢洋一 『宅配コンバット学園』 (スーパーダッシュ文庫)

宅配コンバット学園 (SD名作セレクション(テキスト版))

宅配コンバット学園 (SD名作セレクション(テキスト版))

「これからの日本はね。間違いなくテロの時代に突入すると思う。あの昔の赤軍みたいに、日本人同士のテロじゃなくて、外国人による爆弾テロが活発化すると踏んでるんだ。その時、専門家がいなかったら、どうにも対処のしようがない」

もうすぐ夏休み.私立セント・カノッサ学園に通う7人の高校生は,自A隊の体験合宿に参加することに決める.宿泊費や食費は無料,その上1日1万円支給,さらに特殊訓練に参加すれば100万円が支給されるというおいしい話.しかし突如として政府の仕掛ける“実験”に巻き込まれる.

100万円に釣られて自A隊基地にやってきた一同,リアル戦地に宅配されるの巻.発売当初にちょっと話題になっていたのを見て積んでいたのだけど,なるほどこれは珍品だ.さも重要なテーマのように挙げられる「宅配」なのに,ぜんぜん出てこないなあと思っていたら,まさかこんな雑な扱いをされるなんて.

自A隊とは何なのかまったく説明がないとか,そもそも100万円のレベルの仕事じゃないだろとか.一人称と三人称が混じっているとか後半の力尽き具合がひどいだとか,突っ込みどころがむちゃくちゃ多い.全体的にとにかく雑で,一冊にまとまっているのがちょっとした奇跡だと思う.