紙城境介 『最強カップルのイチャイチャVRMMOライフ 温泉旅行編:繋いだ手だけがここにある』 (ダッシュエックス文庫)

パブリックビューイングの観客が一斉に歓声を上げて、身体がびりびりと震えた。

ただの映像。

ただの画面。

ただの文字。

俺が実際に見ているのはそれだけのものだ。

でも、そこには熱があった。

ゲーム大好きの変人で通っている古霧坂理央と,学校一の完璧美少女,真理峰桜.学校ではまったく接点のないふたりは,VRMMO「マギックエイジ・オンライン」の中では最強コンビで名を馳せていた.ある日ふたりは,辺境エリアにあるという温泉クエストへと向かう.

「継母の連れ子が元カノだった」と同様に,男女双方の視点から交互に関係を描いてゆくラブコメ.MMORPGの熱狂だったり,自分たちは「『カップル』なんて有り触れた関係じゃない」と意地を張るふたりの距離だったり,「古き良き」という形容詞がしっくり来るラブコメだと思う.目新しさはあまりないけど,そういうものを丁寧に描いているところも「継母の~」と共通しているかな.ラブコメとしてはむしろ先祖返りしている気もする.



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高峰自由 『彼女と俺とみんなの放送②』 (電撃文庫)

彼女と俺とみんなの放送(2) (電撃文庫)

彼女と俺とみんなの放送(2) (電撃文庫)

  • 作者:高峰 自由
  • 出版社/メーカー: KADOKAWA
  • 発売日: 2017/02/10
  • メディア: 文庫

「ネットで突然いなくなったら、連絡手段がないかぎり、死んだのと同じなんだよ。もう一生話すことも、遊ぶことも、笑い合うこともできないんだよ」

生放送に情熱を燃やす千遥のサポートに専念していた元人気ニコ生主,タクエルこと巧翔.ある日,千遥に会いたいとメッセージを送ってきた生主が現れる.その送り主は,引退したタクエルの妹分を名乗る少女だった.

ニコニコ生放送がつなぐ,出会いと別れと青春と.ドワンゴの協力を受けて書いているだけに,ニコ生の説明にしっかりページを取っている.その影響なのか,お話全体も説明的かつ無難な方向に進んでいた,ような気がした.高校生の青春ものとしては毒にも薬にもならない感じかなあ.それにしても,世に出たのはほぼ3年前になるのだけど,すでにやや古びた印象がある.ほんとインターネットは無常やで.

手代木正太郎 『むしめづる姫宮さん2』 (ガガガ文庫)

むしめづる姫宮さん 2 (ガガガ文庫)

むしめづる姫宮さん 2 (ガガガ文庫)

  • 作者:手代木正太郎
  • 出版社/メーカー: 小学館
  • 発売日: 2020/01/17
  • メディア: Kindle版

今は自分はひとりぼっちだけど、どこかで誰かとつながっている。

「何かがあったら」駆けつけてくれる誰かがきっといる。そう信じていた。

その日――二〇一一年三月十一日、十四時四十六分。その「何か」が起こった。

とある夏の夜.虫を探して山を歩いていた凪は,ホタルのように体を光らせる少女に出会う.

東北のとある町を舞台にした「ヒトと虫の魂が織りなす、とある青春の物語」.「ありんこ」こと有吉羽汰と,引っ込み思案の虫好き少女,姫宮凪の,不器用な青春未満の関係を描くシリーズの第二巻.しみじみとよかった.基本的に後ろ向きで,どこかを向くだけでもエネルギーを使うようなふたりではあるけれど,それぞれ着実に進んでいるのが見て取れる.出番は多くないのだけど,大人に存在感があるのもいい.自分と他人の「同じ」部分につながりを求めるのではなく,圧倒的に多い「違い」につながりを見い出すんだ,というアドバイスは,大人の自分にも感じ入るものがあった.前シリーズとは対照的な印象の作品ではありますが,同じように傑作になる予感がひしひししております.



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SOW 『ワトソン・ザ・リッパー ~さる名探偵助手の誰にも話せない過去~』 (LINE文庫エッジ)

ワトソン・ザ・リッパー ~さる名探偵助手の誰にも話せない過去~ (LINE文庫エッジ)

ワトソン・ザ・リッパー ~さる名探偵助手の誰にも話せない過去~ (LINE文庫エッジ)

  • 作者:SOW
  • 出版社/メーカー: LINE
  • 発売日: 2020/01/08
  • メディア: 文庫

「ジョン・H・ワトソンというのはどうだ? いかにも平凡だが、温厚で誠実そうな、どこにでもいそうな名前だろ」

19世紀末,日の沈まぬ大英帝国の中心,ロンドン.産業革命によって社会のあり方を一変させた大帝国の首都は,ジャック・ザ・リッパーと呼ばれる昏い影を背負っていた.今宵は誰も知らない連続殺人鬼の真実について語ろう.語り手は,この時代を象徴するもうひとりの有名人,シャーロック・ホームズ.

舞台はロンドンのホワイトチャペル地区.正体不明の切り裂きジャック対ヴァチカンの悪魔狩りに,霧の夜を闊歩する謎の蒸気甲冑,さらにはホームズとワトソンの出会いと,19世紀末のロンドンオールスターを取り揃えた底抜けエンターテイメントとなっております.やりたい放題やりつつも,なんだかんだと確かな知識がベースにあることがわかる.そのため安心して楽しめるし,ブリカスの最低さもよくわかる.あらすじや固有名詞に引っかかるところがあるなら読んでみていいのではないでしょうか.

伊崎喬助 『董白伝 ~魔王令嬢から始める三国志~』 (ガガガ文庫)

董白伝~魔王令嬢から始める三国志~ (ガガガ文庫)

董白伝~魔王令嬢から始める三国志~ (ガガガ文庫)

  • 作者:伊崎喬助
  • 出版社/メーカー: 小学館
  • 発売日: 2019/12/18
  • メディア: Kindle版

侍女と目が合った。

それはほんの一瞬のことであり、侍女はすぐに顔を覆って泣き崩れてしまう。

だが、その一瞬で俺に向けられたのは、刺すような憎悪。

俺は理解した。董卓とその一族が、これまでどうふるまってきたか。周囲の人間をどれだけ恐怖させてきたか。あの董卓を見たあとだから、簡単に想像がついてしまう。

城川ささね,30歳.口の悪さが災いして会社をクビになった無職の城川は,中華街の謎の占い師によって董卓の孫娘,董白に転生させられてしまう.このままでは董卓とともに死罪は確定.社会人の経験と三国志の知識をもとに,デッドエンドを回避すべく,幼女董白ちゃんは頑張るのだった.

三国時代を舞台にした転生幼女ファンタジー.董卓に孫娘がいたのは知らなかったけど,三国志オタク界隈では珍しいものでもないらしい(とあとがきにあった).テーマ的にはそれほど珍しいものでもないと思うのだけど,ディテールはしっかり描かれていると思う.董卓の孫という境遇であればこそ感じられる,猜疑心と狂気,恐怖.文章から鬱屈した時代の空気を確かに感じられ,読んでいて楽しい.

狂気に蝕まれた魔王董卓,天下無双を誇り己の欲望に忠実な呂布,実在しないはずの謎の美女貂蝉,なぜか変身ヒーローみたいになった関羽.無職になるまでの経緯が妙に生々しい(自分が転職した時を思い出した……)30歳の主人公も含めて,キャラクターもそれぞれ立っている.ずれ始めた歴史がどういう方向に向かうのかわからないけれど,ただ都合よく進む話ではなさそう.続きを楽しみにしてます.