小林湖底 『少女願うに、この世界は壊すべき ~桃源郷崩落~』 (電撃文庫)

天に揺蕩う集合文化意識はあらゆる常識を改変した。物理法則を基礎づける論理体系のパッケージは強制的に数世紀前のそれへと置換され、自然科学の発展するべき道は永久に閉ざされてしまった。つまり世界は変わったのだ。

浮塊・榮凛島の寒村、桜泉里。無法者の天颶たちにたびたび蹂躙される村は窮地にひんしていた。狐の因子を持って生まれた少女、熾天寺かがりはそんな村で生まれ、その姿ゆえに迫害されて生きていた。こんなくそったれな世界はぶっ壊してやる。そう願っていた彼女の前に、この島の神である“炎帝神農彭寿星”を名乗る全裸の男が現れる。

「集合文化意識」に穴が穿たれた神代から千年後。少女と仙人は空に浮かぶ島で出会う。第26回電撃小説大賞銀賞受賞作。あとがきで作者が語るように、仙人や仏教やSFといった要素を、様々な造語とともにアレンジしてぶっこんだ王道バトルもの。現代の神怪小説というのかな。直接関連はないと思うのだけど個人的には「封神演義」を連想した。

ガジェットはごちゃごちゃしているけど話自体はかなり素直。SFプロパーの作家であれば「集合文化意識」についてもっと突っ込んで書いてくれたんじゃないかな。未整理なところや粗も多いけど、いろいろ伸びるところを感じる。そういうところも含めて嫌いにはなれないタイプの作品でした。

紙城境介 『継母の連れ子が元カノだった4 ファースト・キスが布告する』 (スニーカー文庫)

だって、これは、傷を切り開くようなものだから。

治りきることもなく、かさぶたのまま私の心にぶら下がっている傷を、無理やり引っ剥がすようなものだから。

それでも、私が、私たちが、未来に進むためには――

――初恋という名の傷を、受け入れなければならない。

きょうだいとしての生活も板についてきながらも、「あの頃」の思い出を引きずっていた水斗と結女。夏休みも半ば、一家は伊理戸家の実家に帰省する。元カレと元カノとして、きょうだいとして新しい関係を受け入れたふたりに、三度目の夏祭りが訪れる。

ふたりが出会い、恋人になったこと。それは運命だった。元カップルが過ごす田舎の夏休み、夏祭り、花火を描く第四巻。今回は、結女の視点から語られるシーンを多くしているのかな。元カレの実家という、アウェーにして自分の知らない水斗のルーツがある場所で、ズルズルと気持ちを引きずる結女の語りは心に来るものがある。そんな気持ちを振り切って、二度目のファースト・キスと、新しい幸せを手に入れることを布告した結女の、ふたりの行く末はどっちだ。とても良いものだと思います。


椅子取りゲーム、早い者勝ち。

たまたま早く出会っただけ。

大いに結構。上等だ。

だって――きっとそういうのを、運命と呼ぶんだろうから。

月見秋水 『世界一可愛い娘が会いに来ましたよ! 2』 (MF文庫J)

「分かりました! では『ママ会戦』に勝つために『NTR(難易度の高い恋愛)作戦』、始めましょう!」

NTR作戦、始まります!

「やっぱり燈華のネーミングセンスは……最高だな!」

高校二年生の久遠郁にとうとう彼女ができた。いい雰囲気になりファーストキスの空気……。そこに、未来に帰ったはずの未来の娘、燈華が乱入してきた。感動の再会と同時に、郁は記憶が改変されていたことを知る。

気づいたら知らない娘と恋人になっていたうえ、帰ったと思った娘がすぐに帰ってきたでござるの巻。未来からやってきた娘と、協力してのママ探し、第二巻。荒いところも多いのだけど、キャラクターの個性の強さとテキストの勢いで最後まで押し流している。細かいことは気にすんなという姿勢は一巻も同様だけど、それを徹底して、なおかつ成功しているのは珍しい。作者の一貫性というかある種の強さを感じる。タイムスリップや記憶操作といった仕掛けを使いつつ、SF的な原理が曖昧なのは気にするひとは気にするかもしれない。良いラブコメでした。



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高島雄哉 『不可視都市』 (星海社FICTIONS)

不可視都市 (星海社FICTIONS)

不可視都市 (星海社FICTIONS)

  • 作者:高島 雄哉
  • 発売日: 2020/03/15
  • メディア: 単行本(ソフトカバー)

理論とは、世界を見るための視座に他ならない。

彼は思ったのだった。

世界を変容させる戦争と、世界を見るための理論を、同一視できるのではないかと。

もし戦争と理論を溶け合わせることができれば、世界そのものを書き換えることだってできるのではないかと。

西暦2109年。12の〈超重層化都市(ギガロポリス)〉に人口の大半が生活するようになっていた世界は、その1年前に突如として現れた13番目の見えない超重層化都市、不可視都市によって分断されていた。数学者の青花は、月面にいる恋人の紅介に会うため、量子犬を伴い北京の超重層化都市を脱出する。

理論と世界を同一化する〈不可視理論〉とは。〈不可視都市〉によって物理的にも情報的にも分断化された世界を、2109年、1944年、2084年の三つの視点を入れ替えながら描いてゆく「超遠距離恋愛SF」。圏論、公理、AI。数学をベースにしたSF用語や理論に、適度な法螺と嘘を組み合わせて大風呂敷を作った、みたいな印象を受けた。というか、正直なところ作者のイメージをちゃんと共有できた気がしていない。細かいことまで理解せずとも読めるし、理解する必要はないんだろうけど、簡単な解説がほしいな。

柞刈湯葉 『人間たちの話』 (ハヤカワ文庫JA)

人間たちの話 (ハヤカワ文庫JA)

人間たちの話 (ハヤカワ文庫JA)

だってそうじゃないか。

生物は本能的に死を恐れるものである。とか、

親から与えられた生命はかけがえのないものである。とか、

そういう話を聞くたびに、僕は自分の命が遺伝子によって書き込まれた呪詛のように思えてならなかった。原初の地球の海でなんらかの偶然で生まれた最初の生命が、「生存したい」という欲求をどんどん肥大化させて、そのための分子機構をどんどん複雑化させ、人間のような巨大な塊を創り上げてしまった。もはや何かしらの罰としか思えない。

でも僕たちにはちゃんと救いが用意されている。機能としての死が備わっているのだ。これが救いでなくて何だというのだろう?

記念日

理解も被理解もできない「他者」を探し続けた男の孤独を描いてゆく書き下ろし表題作「人間たちの話」がこの本のベスト。「ファースト・コンタクトは探査機による発見ではなく会議による認定だろう、という個人的確信」(あとがき)がこういう話になるのはどういう頭をしているのか(前提からしておかしいが)。ストレートに「人間」を書いた、SFに普遍的な小説だったと思う。

「つらい監視社会」の時代は幕を閉じ、「たのしい監視社会」の時代がやってきた。タイトル通り、超監視社会を楽しく生きる若者たちの日常を描いた「たのしい超監視社会」もよかった。こういう価値観のねじれを書いた話が好きということもあるけど、この作者が書いてこそのテーマだと思った。

『横浜駅SF』の柞刈湯葉による初の短篇集。表題作に合わせたわけではないんだろうけど、作者独特の人間観と、独特の力の抜けたユーモアが合わさり、独特の余韻を残す不思議な作品集になっていると感じた。ドライな部分とウェットな部分が同じ面に交錯していて、読んでいて変なところで心を震わされるというか。あとがきと自著解説がついていたのはそういう意味で理解の助けになってよかった。読むなら最後まで必読。とても読みやすいし誰にもすすめやすいんだけど、とても複雑な短篇集でもありました。



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