酉島伝法 『オクトローグ 酉島伝法作品集成』 (早川書房)

オクトローグ 酉島伝法作品集成

オクトローグ 酉島伝法作品集成

わたしたち幽霊は、月面の広大なクレーターの中央丘に寄り集まっていた。その数は二千名ばかり。頭上でゆっくりと回転している翠緑色の地球に、これから飛び降りようというのだ。

「環刑鈷」「金星の蟲」「痕の祀り」「橡」「ブロッコリー神殿」「堕天の塔」「彗星狩り」「クリプトプラズム」。グロテスクとコミカルと奇想と造語が、作者自身のイラストとともにこれでもかと詰まった八つの短篇を収録したSF短篇集。〈人〉とは何なのかというよくある問いを、思いもかけない切り口から描いた「金星の蟲」。光の巨人と戦っては倒される巨大生物、その死体処理する加賀特殊清掃会の日々を描く「痕の祀り」。膜の中に多様な遺伝物質を包含した“オーロラ”がもたらした結果を描いた「クリプトプラズム」。この三篇が特に好き。ブレインがウォッシュされるような、楽しい作品集でした。

二語十 『探偵はもう、死んでいる。3』 (MF文庫J)

探偵はもう、死んでいる?

――違う。

これは俺が再び探偵を取り戻すまでの、長い長い、目も眩むような物語だ。

名探偵の死。その真相を知らされた君塚君彦たち四人の前に、生前の名探偵、シエスタそっくりの少女が現れる。《シエスタ》は、その死の真相にはある間違いがあると語る。

《名探偵》とは、世界を敵から守る十二の盾、《調律者》のひとり。何でもありな真相が描かれた二巻クライマックスを読んで、「今後は好き勝手やらせてもらう」宣言だと思ったものだけど、だいたいその通りになってきた。死んだはずの探偵に話作りを頼りっきりなのは気になるところだけど、想像していたのとぜんぜん違う方向に突っ切っていく感じは悪くない。手綱を振り切ったドライブ感があるというか。エンターテイメントらしいエンターテインメントではないかと思います。



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伊崎喬助 『董白伝 ~魔王令嬢から始める三国志~2』 (ガガガ文庫)

「では、そなたの申す義とは何によるものか」

「民。民なくして国家なく、民なくして政もなく、民なくして義は立たず。我は民より義を受け生まれ、義を施し刺す刃なれば」

「……ならば朕は、天意ではなく民意をもって帝たりうると?」

「然り、にございます」

「耳慣れぬ訓えだが、不思議と馴染むものがある」

幼くして死ぬ運命を変えるため、奮闘する董白ちゃん。董卓亡き今、権力を狙う董璜と董旻によって、劉協こと後の献帝の後宮に入れられそうになったり。劉備たち三兄弟を味方に引き入れようとするも、「義」によって動いていないことを見抜いた関羽の逆鱗に触れ殺されかけたりと、どんどん追い詰められてゆく。そんな折、反董白連合に趙雲子龍がいることを知った董白は、敵陣へ自ら赴いてスカウトを試みる。

転生したら魔王の孫娘だったでござる、第二巻。己の生存のために動き、失敗続きだった董白が「義」を知る。董卓の計画していた長安遷都の利用。劉備の「仁」と、関羽の「侠」の違い。伝国の玉璽。形を変えた三顧の礼。中華における皇帝の立場と期待される役割。いろいろやり尽くされたであろう三国志という題材をうまく換骨奪胎し、けれん味を加えつつ落ち着いたエンターテインメントになっていると思う。英傑たちの個性的な怪物っぷりもそれぞれにしっかり出ているし、むしろひとりだけ性別転換されてる馬超が浮いている。三国志に詳しくなくとも、というか詳しくないほうが楽しめるのかな。転生ものだとなかなか手が伸びにくいひともいるだろうけど、あまり気にせず読まれるといいなと思う。引き続き楽しかったです。



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犬君雀 『サンタクロースを殺した。そして、キスをした。』 (ガガガ文庫)

「でもきっと音楽にしても映画にしても、心に響くのは、辛いとか痛いとか、そういう誰かの心の叫びなんです」

付き合っていた先輩に振られた僕は、自暴自棄になっていた。気がつけば世間はクリスマスまで三週間ほど。クリスマスなんて、無くなってしまえばいいのに。そう思っていた僕の前に現れた少女は、僕にある提案をする。

サンタクロースを殺すため、クリスマスを消すために、僕と少女は恋人関係を結ぶ。第14回小学館ライトノベル大賞優秀賞受賞作。ふたりで過ごした思い出と、進行形の不器用な恋人ごっこが並行して描かれる、「恋を終わらせるための物語」。「猿の手」のいちバリエーションみたいな導入なので不安な気持ちになったけど、そういう方向の話ではなかった。SF的な仕掛けはあると言っていいかな。幸せだった過去と失恋を引きずり続ける重苦しさが終始つきまとう、逃避の物語だったのだと思う。

小林一星 『シュレディンガーの猫探し』 (ガガガ文庫)

シュレディンガーの猫探し (ガガガ文庫)

シュレディンガーの猫探し (ガガガ文庫)

  • 作者:小林一星
  • 発売日: 2020/06/18
  • メディア: Kindle版

「世にも奇妙なこのミステリー。不可能にも程がある荒唐無稽な不可能犯罪。私がこの手で何としてでも――――迷宮入りにしてみせよう!」

夜空いっぱいに広がる、全天の星。時間の概念が消失しなければ見られないはずのそれを、僕の妹は見たという。僕は、文芸部員の同級生に紹介された探偵に、この「謎」を打ち明ける。だがその少女は自分が真実を求める「探偵」ではなく、謎や事件を迷宮入りさせ神秘を求める「魔女」であるという。

第14回小学館ライトノベル大賞審査員特別賞受賞作。語られる事件は、平成最後の三十六重密室事件、令和最短のアリバイ崩し、令和最初の迷宮入り。タイトルからSFかと思ったら、純然たる(?)新本格日常ミステリだった。

「魔女」焔螺と対峙する「名探偵」は、平成最後の高校生探偵明智に、ハードボイルド探偵金田一。JDCだとか、講談社ノベルスや講談社BOXを思い出させるノリで、いかにも京都在住作家らしい作風だと思う(偏見)。適度なけれん味をまぶし、思わせぶりな設定を書き散らかしつつも、無難に一冊にまとめている。よいエンターテインメントでした。