九岡望 『地獄に祈れ。天に堕ちろ。2 東凶聖餐』 (電撃文庫)

――そんなに開いて欲しければ、開いてやる。

ミソギはそのまま、燃える錠眼を開いた。頭の芯に疼痛、先鋭化する意識、鼻先に感じるこの世ならぬ風の匂い。眼窩から赤黒い血がこぼれ出る。ミソギ自身の血か、それとも繋がった地獄の底から湧き出る血か。

開眼/跳躍/――転送!

霊破11年の年末。東凶に現れた亡霊兵器により、一晩にして多くの命が喪われる。時を同じくして、本物の「死神」、火楽木蓮が十年ぶりに目を覚ました。

死神の役割とは、最期の願いを叶えること。通称「死神」と本物の「死神」が手を組んだ。ロンドン塔の特務機関やロシアの亡霊兵器まで、東凶で大暴れ。クランチ文体やタイポグラフィを使い、フリークスめいたエージェントたちの強さとスピード感で物語をグイグイと引っ張りつつ、「死神」の本当の願いを描く。笑わせてエキサイトしてちょっと泣かせる。最強のゲストキャラが登場したときの劇場版アニメみたいな、あるいは劇場版冲方丁というか。エンターテイメントらしさを全部詰め込んだ、最強の一冊ではないかと思う。ちょう楽しかったです。

石崎とも 『せかいは今日も冬眠中!』 (電撃文庫)

せかいは今日も冬眠中! (電撃文庫)

せかいは今日も冬眠中! (電撃文庫)

暖房の効いた建物から一歩外に出ると、比較的暖かいはずの町の中であってもとても寒い。今は特に寒い季節だけれど、それにしてもこの寒さは異常だ。去年よりも確実に寒くなっている気がする。ラジオのニュースでは、寒冷化が続く世界の平均気温もここ数年は下がらず、なんとかマイナス五度付近で持ちこたえているって言ってたけど、そんなの信じられないくらい寒い。

百年以上続く寒冷化現象によって、氷雪に覆われる世界。人類の文明は衰退していた。世界に春を取り戻すため、研究者になりたいと夢見る少女、ササは、村中のひとがかき集めてくれたお金で学校兼研究施設「スプリングガーデン」に通うため、村を離れる。

平均気温氷点下5℃の世界に春をもたらすヒントを探すため、ササはチームの一員として研究に取り組む。その鍵を握るのは、シムと呼ばれる小さな生き物たち。「人類は衰退しました」+「フロストパンク」、それに「けものフレンズ」を少々、といった雰囲気の終末凍結世界SF。「研究者」をテーマにしているだけあって、フィールドワークやチームワークの重要性なんかをわかりやすく語っている。ちょっと「人類は衰退しました」に寄りすぎている気もするけど、あくまでやわらかく、自分の言葉で語っている感じがして好感が持てる。今のクソ暑い時期にちょうどいい、前向きで優しい物語だと思います。

鶴城東 『クラスメイトが使い魔になりまして3』 (ガガガ文庫)

見れば、画面には幼い俺が映し出されている。十歳前後だろうか……その傍には、同年代らしき二人の少女もいた。日本人形のような少女と、眉が太いポニーテールの少女。

強烈な既視感に襲われる。

「六年前の、あなた自身の記憶だよ」

いつの間にか、真横に幼い俺が立っていた。

召喚士と使い魔の関係になって、想太と千影は同居を続けていた。想太の新魔術を狙う魔術結社「宵の明星」を釣り出すため、想太は師匠からふたりの婚前旅行をするよう、提案される。

同居しつつも喧嘩ばかり、主従ラブコメの第三巻。二巻にもましてラブ度強めなラブコメをやりつつ、なぜこのふたりが出会い、こういう関係になったか、物語の核心に踏み込んでいる。方向性がわかりやすくなったぶんだけ、巻を追うごとにしっかり面白く、うまくなっていると感じられる。人間の事情を歯牙にもかけず好き勝手振る舞う「神様」の傍若無人に、人間同士の争いだったり恋情だったりそれ以外の気持ちだったり、シンプルだけどきれいにまとまっていると思う。良かったです。今月に出る続編も楽しみにしてます。



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赤城大空 『僕を成り上がらせようとする最強女師匠たちが育成方針を巡って修羅場』 (ガガガ文庫)

「私たちがいま君に行っているのは、選別ではなく育成なのだ。無駄に厳しくする必要などなにひとつない。君を伸ばすために必要なものをそろえ、そうでないものを排除する。それが育成であり、その結果が君の言うところの“ズル”のような環境だっただけの話だ」

クロス・アラカルトは冒険者に憧れる少年。しかし、あまりにその才能がないため、学園から退学勧告を受けてしまう。時を同じくして、世界最強と呼ばれる三人の美女が男探しのために学園を訪れていた。クロスの勇気に光るものを見出した三人は、クロスを自分好みの「英雄」に育成することにする。

世界最弱の少年と、世界最強の師匠=三人の美女の刺激的な修業の日々。テーマはおねショタ、もしくは逆光源氏計画な、ゲーム的異世界ファンタジー。オーソドックスで読みやすく、カタルシスもあり。尖ったところはないけど全方位的にまとまっている。過去の作風と違っているようで、実際はぜんぜん変わってないのかな。

初鹿野創 『現実でラブコメできないとだれが決めた?』 (ガガガ文庫)

「……と、まぁ。理想郷には手が届く、だから手を伸ばす。言っちまえば本当にそれだけだ」

誰よりもラブコメを愛する男、長坂耕平。「現実をラブコメにする」ために、データ収集と日々の調査で耕平は現実を作り替えることを宣言する。

第14回小学館ライトノベル大賞優秀賞受賞作。昨年の草野原々とはまったく違うアプローチで、ラブコメについて語るメタラブコメ。ここ数年のラブコメを多分に引用しており、読者の最近のラブコメに対する教養や、ラブコメ観あるいは世代を試すような作品になっていると思う。ステレオタイプをテーマにして、ステレオタイプを描いているけど、そういう意味では読者によって受け取り方がだいぶ変わりそう。そもラブコメの定義とはどのようなものであり、「物語」とはなんなのだろうか。描こうとしていることは草野原々と実はあまり変わらないのかもしれない。そうでもないかもしれない。見た目よりも意欲的な作品だと思うのです。



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