蛙田アメコ 『九龍後宮の探偵妃』 (星海社FICTIONS)

「お前はどうせ民のなかには居られまいよ……人々の間にいたとしても、独りきりであり続ける。我が後宮は、そんな女たちの揺り籠であり、そんな女たちから民草を守る檻なのさ。囚われる自由というものが、ここにはある」

龍光国の都、哭安に暮らす武家の娘、燐紅玉。死を何よりも恐れ、名門の出でありながら探偵の真似事を繰り返していた紅玉のもとに、宮廷から使者がやってきた。使者の依頼は、九龍後宮で見つかった惨殺死体の謎を解き明かすこと。

謎を解かずにいられない、探偵妃が、後宮の数百人の女たちとわずかな宦官がひしめく後宮での密室殺人、幽霊、死体遺棄、妊娠の謎に挑む。帯に曰く「中華後宮ミステリー」。後宮が舞台になっている割には、退廃的な雰囲気がない……のは理由がある。セックスとジェンダーはわやくちゃになり、代々作られてきた男たちの政治はここで壊される。新しい時代と価値観が後宮から生まれる、という。まとまってはいるのだけど、割と唐突に話がひっくり返るので、テーマが後付けっぽく見えるのが気になった。

土屋瀧 『忘却の楽園II アルセノン叛逆』 (電撃文庫)

彼らは示し合わせたように言うのだ。

「わたしならあなたにいいお世継ぎを授けてさしあげられる」と。

なんのてらいもなく、当然のこと、というように。

そんなこと、これっぽっちも求めていないのに。

オリヴィアは自分が女性であることに改めて幻滅した。先に進もうとする自分に足枷をはめているのは、ほかでもなく自分だったからだ。

輸送船〈リタ〉の船員アルムのもとへ、父コランの訃報が届く。マリネリス島の研究施設ごと燃やされたというコランの死因を探るため、グレン・グナモアはアルムをマリネリスへと向かわせる。

数百年前の大戦争後の新世界、忘却の楽園〈リーン〉の歴史を、立場を異にする三人の少年少女から描いてゆく。異世界史、あるいは新世界史の第二巻。人間を殺す毒物であるアルセノンに依存して、古い価値観と新しい価値観が入り混じる様々な国と人々が、影から覇権を狙う。理想主義者と超保守主義派が影でぶつかり、強毒性アルセノンと弱毒性アルセノンを人為的に産み出してきた倫理。一巻と同様に、大きなスケールの世界と歴史を一から、実直に語ろうという意欲を感じられる。今一番続きが楽しみな大河ファンタジー。大変だと思うけど楽しみに待っています。



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伴名練編 『日本SFの臨界点 石黒達昌 冬至草/雪女』 (ハヤカワ文庫JA)

「代謝が下がり寿命の長いユキが人間の目ざす方向だとしても、長い睡眠時間と低下した行動力という単に引き延ばされただけの時間に、いったいどういった意味があるのか」

という言葉に見て取る事が出来る。そして、それとともに、

「この少女を助けたい」

という一文が見える。柚木は「永遠」という言葉に憧れる一方、「永遠」という言葉が作り出す闇から、この少女を救い出したいという思いを抱いたようにも思える。

1993年から2002年に発表された作品を集めた全8篇の短編集、伴名練の解説付き。論文やルポ、レポートのような冷静な筆致を駆使して、わりと大真面目に大法螺を吹く傾向が強い、ように思う。現役の医師らしく(なのか?)、滅んだ、あるいは滅びようとしている生命に触れる作品が多いのかな。娘の小児がんを治療するため、ひとつの種を絶滅に追いやった弁護士に関するレポート「希望ホヤ」。放射性を帯びた絶滅植物の研究史を描いた「冬至草」。人間ではありえない低体温の少女と、彼女を診続けた医師の記録「雪女」。横書きかつ、図表や写真を入れて疑似論文の形式を取った「平成3年5月2日,後天性免疫不全症候群にて急逝された明寺伸彦博士,並びに,」は、絶滅したハネネズミに関するレポート。特に良かったのがこのあたりかな。


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松山剛 『僕の愛したジークフリーデ 第2部 失われし王女の物語』 (電撃文庫)

ああ、それが夢ならば、どんなに良かっただろう。

ベッド脇で、『彼女』を見下ろし、僕は胸が締め付けられる。

ジークフリーデ・クリューガー。

彼女のあるべき場所に、あの逞しくも美しい両腕は、もう肘から下が存在しない。

女王ロザリンデの凶行を止めるため、眼帯の騎士ジークフリーデはその腕を捧げる。ジークフリーデに守られた旅の魔術師オットーは、彼女の治療とリハビリに日々努めていた。義手を手に入れたジークフリーデは、大粛清を再び起こさんとするかつての主にして愛する人に再び立ち向かおうとしていた。

乱世の時代、強い女の掲げる騎士道と、強い女たちの百合が真っ正面からかち合う。第1部との前後編となる、「『二人の少女たち』の物語」。だいぶ圧縮がかかったのか、終盤かなりの駆け足になっている。平仄は合っていると思うのだけど、物語や感情の溜めが少ないぶん、ならではの特徴が薄くなっていた。二冊でしっかりまとまってはいるものの、もっと書ける作家だと思うので、もったいない気持ちのほうが強いかなあ。



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赤城大空 『俺を成り上がらせようとする最強女師匠たちが育成方針を巡って修羅場3』 (ガガガ文庫)

「けどね。それはクロス君に無理矢理変われって言ってるわけじゃないんだ~。相手のことを気遣える優しいクロス君は、相手の嫌がる立ち回りや戦法も十分に察することができるはずだから~。一線を越えるきっかけさえアレば、クロス君はきっと優しいまま“邪法”を使える」

貴族を退けた《無職》の噂は街中に響き渡り、クロスはかつてない世間の注目を浴びていた。折よく今は「喧嘩祭り」の時期。冒険者たちの街特有の祭が盛り上がるなか、クロスは上級貴族からのスカウトを断ってしまう。

従前の予想通り、力では避けられない、人間同士の争いに巻き込まれるクロス君。男の子の意地を見せるの巻。ストーリーは引き続きシンプルで、良くも悪くもわかりやすい。いかにもゲーム的なスキル描写が、クロス君の異様さと素直さを際立たせる方向に効いていた……のかな。