二月公 『声優ラジオのウラオモテ #09 夕陽とやすみは楽しみたい?』 (電撃文庫)

暗い空を眺めながら、千佳はぽつりと呟いた。

「わたしはきっと、普通の人が思い描くような青春は送ってこなかった。だから気持ちがわからなかったけど。でも、わたしの青春は別の場所にあるから」

あぁ、とため息が漏れてしまう。

それはこの学校で唯一、由美子だけが共感できる感情だった。

ライブは大成功に終わったものの、オーディションには受からず、学校の成績も急降下。いろいろな意味でまずい状況になった由美子は、仕事がないことを不幸中の幸いにしばらく受験勉強に専念することにする。文化祭が近づきつつある季節。文化祭の準備に、学校生活にと、しばしの「青春」を送ることになった由美子だった。

不安定で苦しい声優人生、仲間たちと楽しむ学生生活。由美子はどちらでも好きな方を選ぶことができる、人生の岐路にいた。女子高生声優の青春の在り処を改めて問いかけた第九巻。三者面談に文化祭にと、声優業を続けることの辛さと苦しさを、これ以上ないベストのタイミングで描き出していたと思う。文化祭のクライマックスやそこに至る過程も、無理を最小限に、最高の盛り上げだった。見事としか言いようがない。完全に安心して読める。良かったです。

紙城境介 『継母の連れ子が元カノだった11 どうせあなたはわからない』 (スニーカー文庫)

「それでも、言わないよりはマシなの。心を伝えるには言葉はあまりに不便だけど……それでも言葉を使うことしか、私にはできないから」

感じることができなければ、語るしかない。

情緒的な行間が少しもない、直接的で野暮で軽々しい言葉だって――何も伝わらないよりは、ずっとマシだから。

水斗と結女が元サヤに戻って間もないころ。水斗は学校一の男嫌い、明日葉院蘭から告白される。違和感バリバリの告白の意味もわからないまま、すぐにやってきた沖縄修学旅行。学校には隠したまま恋人になった水斗と結女、真意の分からない明日葉院の告白、その裏に飛び交う様々な感情。いくつもの謎が隠れた沖縄の二泊三日が始まる。

真意の分からない告白、秘密の逢瀬を覗いた謎の覗き魔、修学旅行のしおり盗難事件。平穏なイチャイチャを送るため、元サヤに戻ったふたりは沖縄で推理をする。ラブコメにおけるひとつのゴールを迎え、ある意味では第二幕になるのかな。明日葉院という非の打ち所がない優等生が抱えた、未消化で生の感情をそのままお出しされたような感慨があった。それぞれの感情を安直にまとめたりレッテルを貼ったりしない、それでいて変に力が入らない語り口が本当に良い。恋愛程度で幸せになれるはずがないという言葉を前向きな文脈で語ったり、同世代でも多様な人間に対する解像度が、なんというか本当に良かった。

凪 『人類すべて俺の敵』 (スニーカー文庫)

けれど、この聖戦にご都合主義は持ち込めない、皆が幸せになっての大団円はありえない。一人の少女が死ぬか、六十億人を超える人類が死ぬか、用意されて未来はそれだけだ。

魂が抜けたかのような不審死を遂げることから《魂魄剥離》と呼ばれる現象が人類を襲い始めてから一ヶ月、すでに八億人もの人間が命を落としていた。人類の前に現れた自称《神》は、この現象が人類滅亡を目論む《魔王》の仕業だと宣言する。

高坂憂人はただ独り、世界の敵に仕立て上げられた《魔王》に手を差し伸べる。六十億人の人類と《神》、選ばれし《天使》たちを向こうに回した聖戦が始まる。第28回スニーカー大賞受賞作。すべての人類を敵に回すたったひとりの《魔王》、それぞれの事情を胸に戦う《天使》と、それを俯瞰する《神》の群像劇という構図は仮面ライダーのそれに近いと思う。個人的にあまりストーリーには惹かれなかったのだけど、最初から最後まで情報がみっしり詰め込まれているので妙なお得感があった。

夢見夕利 『魔女に首輪は付けられない』 (電撃文庫)

「法律ねえ、たしかに大切だ。でもねローグ君」

と、魔女が人差し指を左右に振り、笑いながら言う。

「私がそれを守る必要はどこにもないんだよ。魔女だからね」

かつて貴族が独占していた〈魔術〉が民衆に浸透するに連れ、都市の治安は悪化の一方。事態を重く見た『二大貴族』が〈魔術犯罪捜査局〉を設立し、治安維持に乗り出してから10年、表向きの治安は大きく改善されていた。局長から呼び出された捜査局員のローグ・マカベスタは、いわくつきの任務を命じられる。

第30回電撃小説大賞受賞作。捜査官と刑期数千年の魔女のバディもの。ヒロインの〈人形鬼〉ミゼリアが正確もしゃべり方も概ねアグネスタキオン(ウマ娘)なので、あの感じで脳内再生されて止まらないのがちょっと困った。それもあってか、様々な〈魔術〉を持つ、訳ありの女の子(数千年生きる魔女にして囚人)たちの姿にも今ひとつ緊張感が薄く、スマホゲーみたいだなという感想を抱いた。これが昔ならハーレムものみたいだな、という感想になったかもしれない。

松村涼哉 『ただ、それだけでよかったんです【完全版】』 (メディアワークス文庫)

『菅原拓は悪魔です。誰も彼の言葉を信じてはいけない』

それが昌也の遺書だった。

十二月の急激に冷えた朝、昌也はそれだけを残して自宅で首を吊った。

十四歳の誕生日を迎えてから二週間しか経っていなかった。

男子中学生、岸谷昌也が自殺した。その背景には、被害者を含む四人への、菅原拓による壮絶なイジメがあったという。岸谷昌也の姉であるわたしは、帰省して弟の死の真相を探る。その過程でいくつもの不可解な事実が明らかになってゆく。

「教室の誰一人としてイジメの現場を見た者はいないんです」

「………え?」

秀才で人気者だった男子生徒の自殺、その原因とされた大人しく地味な生徒、誰も見たことがない「イジメ」の現場、「人間力テスト」の実施によって壊れた教室、「イジメ」につきまとうたったひとつにしてあまりに明快なタブー。すべてが噛み合ったとき、教室で進行していた「革命」が完成する。第22回電撃小説大賞大賞受賞作『ただ、それだけでよかったんです』。8年前のデビュー作に加筆修正のうえ、エピソードを追加した完全版。正直きれいさっぱり内容を忘れていたため、普通に新作を読む気持ちで読めた。

エピローグとして作中の8年後、つまり現在のエピソードが追加されたことで、現実社会との地続き感が非常に強くなっていた。この現実の裏には紙一重で地獄が確かにある。イジメに自殺と、気持ちのいい小説ではないことは承知の上で、できるだけ多くのひとに読んでほしいとも思う。デビュー作から一周して、作者の最高傑作だと思います。

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