打海文三 『覇者と覇者 歓喜、慙愧、紙吹雪』 (角川書店)

覇者と覇者  歓喜、慙愧、紙吹雪

覇者と覇者 歓喜、慙愧、紙吹雪

「一つだけ約束して」里里菜が言った。
「なんです」
「生きて帰ってわたしを抱きしめて」

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北海道政府の支援を受け,常陸軍を中心とした同盟軍は,〈我らの祖国〉の陣取る都心へ侵攻する.20 年に及んだ内乱がいよいよ終結する.
「裸者裸者」「愚者と愚者」に続く,日本内戦を描いた〈応化クロニクル〉三部作の最終巻.上巻部では常陸軍孤児部隊司令官・佐々木海人から見た最後の戦争とその終結を,下巻では女の子たちのギャングであるパンプキン・ガールズのボス月田椿子の視点から困難極まる戦後処理の混沌を描く.孤児部隊,女の子たちのマフィア,ゲイ解放軍,北海道軍,米軍など各勢力の動きや,難民,スラム,ドラッグといった戦争がもたらすマクロとミクロの様々な事象.淡々と戦況を告げるテキストに,時折もの凄く鋭いトゲが混ざっている.
会話のほとんどは,女の子たちのとりとめのないおしゃべりのような,短い言葉のやり取り.内面に直接踏み込むような描写は多くないのに,それが人物を雄弁に語っているという.「男の子たち」と「女の子たち」の,陽気でパワフルで,純粋だけど狂っている生き様には圧倒される.一般的な戦記ものと一線を画す印象はここから来るのかな.物語の背骨にあるセックスやジェンダーについて持論も何も無いので語ろうにも語れない自分がもどかしい.とりあえず「容姿と声と心は完璧な女の子だが、ペニスのある」三千花が「愚者と愚者」に引き続き変態的で可愛い.
作者が執筆途中の 2007 年に逝去したため,物語は下巻の半分あたりで未完のままぷっつり閉じる.もう続きを読むことは叶わないと思うと,こんな悲しいことはない.私に出来るのは,戦後を生き抜いた男の子たち,女の子たちが迎えたであろう,幸せな結末を想像することのみ.傑作でした.