ボストン・テラン/田口俊樹訳 『音もなく少女は』 (文春文庫)

音もなく少女は (文春文庫)

音もなく少女は (文春文庫)

でも、教育と教養は問題の多い同盟にもなりうる。なぜなら、選択肢のあることがわかりはじめると、世界というものが自分の知っている以上のものだということがわかると、人は新しいものを求めるようになるから。
あなたのまわりの人たち、あなたに最も近しい人たちはあなたに望むかもしれない。要求するかもしれない。今のままでいるように。なぜなら、あなたが変われば、そのことが彼らの人生における驚異になるかもしれないから。そもそも、言われたとおりにしないということは、言われたとおりにするよりはるかに大きな危険を冒すことよ」

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1951 年,ブロンクス地区の貧しい家庭に生まれたイヴ・レオーネは,生まれつき耳が聴こえなかった.暴君でろくでなしの父親ロメインに打ちひしがれる母親クラリッサと,娘のイヴに救いの手を差し伸べたのは,クリスマスの日に教会で会った女フランだった.
貧困,聴覚障害,血縁,女.逃げ道のないクソのような包囲網で生まれ育ったイヴ・レオーネの半生.貧困につきものの犯罪,ドラッグ,暴力の存在をむき出しの感情とともに描く.描き方は非常にシンプルなのだけど,むしろ各々の悪意,怒り,絶望が紙面から恐ろしいほどストレートに伝わってくる.「憎悪」が「ショック」と「嫌悪」に変わるある瞬間の描写に,ぞくっとした.
さらに,とことん腐っているものが,連綿と受け継がれていることを知ったイヴの絶望感がまた半端ではない.ろくでもない原因がいくつもあることは分かるけど,分かったところでどうしようもないこともまた明白で.ときどき見えそうになる希望も,掴み取るには恐ろしく遠い.ままならない.そんなイヴの武器であり救いでもあったカメラが,父親から与えられたものだった,ということの意味を考え出すとぐるぐるしてしまう.
読んでみると,解説の「いい小説だ。胸に残る小説だ。」という賛辞がこれ以上ないものであると分かると思う.素晴らしい傑作でした.