横田創 『埋葬』 (早川書房)

埋葬 (想像力の文学)

埋葬 (想像力の文学)

「逆です。だから美容整形を受けることにしたんです。母と瓜二つの鼻でしたからね。切った鼻翼を母の骨壷の中に入れて納骨しました。あれは母のものです。もとはと言えば、いいえ、いまもわたしは母のものです。どうせなら、腕の一本くらい落として、一緒に納骨してしまいたいくらいの気分でした。目も耳も鼻も手足も全部、母からもらったこの体の全部を削ぎ落として、全身に整形をほどこして、まったくの別人に生まれ変われば、それでも変わらないものに嫌でもわたしは気づくでしょう? 眼や鼻の形が同じなことより同じであることに、きっとわたしは気づくでしょう? たぶん本当は、そこからなんですよ、母とわたしの戦いは。わたしは母の墓標ですね。生きた墓標。鼻の穴がびんびんの、びんちゃんなのは母も同じでしたから。母もわたしもびんちゃんです」

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1999 年 4 月某日,河口湖畔にある廃ホテルの中庭のプールで,30 歳前後の女性と生後一年ほどの赤ん坊の遺体が発見された.警察は自分が殺したと出頭してきた当時 18 歳の少年を逮捕.少年には死刑判決が下され,残された夫は間もなく手記を発表する.それから 10 年の月日が経った.
群像新人文学賞受賞作家の初の描きおろし長編.事件を追うライターの独白と,手記の全文引用からなる物語.死んだ妻悦子の独特な死生観,元少年の奇妙な人生観を借りて,死ぬこと,存在すること,やめることについて語る.でいいのかな.個々の語りは比較的明確だと思うのだけど,全体を語ろうと思うとうまく言葉に出来ない.理解が及びそうで,でもあと一歩届かない世界の話というか.私の頭が悪いだけかもしらんけど,好き嫌いで言えば間違いなく好きな作品だけに,もどかしいな.