講談社BOX編 『Powers Selection [新走]』 (講談社BOX)

Powers Selection [新走] (講談社BOX)

Powers Selection [新走] (講談社BOX)

僕は単細胞生物だった。
僕を構成している物質は、多分根性とか、気合いとか、目に見えない興奮物質なのだ。
だから、僕は軽く思いっきり鼻を啜りながら、目からこぼれそうになる何かを押さえつけて、首を思いっきり反らしながら、天井見上げて深呼吸してから「うんっ」と、子供みたいに素直に、答えた。
ブイサインを指で作って正座している嫁に見送られ、僕は走り出す。

フォーティーユースボーイ

「家族のせいじゃないよ、家族に責任は無いよって、みんな言ってくれる。本当にみんな言ってくれる」
一言一言を惜しむように、ゆっくりと。
「でも、あんなやつ家族じゃないよとは、誰も言ってくれないんだよね、誰も」

うなさか

円居挽 「BBDB」(バイバイデイビイ).デイビイと「9月9日」の出会いと対話と成長.起承転結のしっかりした,良い意味で教科書的にまとまった短篇.ふたり(?)のユーモラスな対話と,落語みたいなオチがとても可愛らしくてほっこりする.ネタが割れてしまってからでは難しいかもだけど,この世界観の長編も読んでみたいな.
沢優作はどんな頼みごとでも「いいよ」と引き受けてくれる優しい男.ただし,彼には彼なりのルールがあった.岩城裕明 「優作の優」.導入でホラーテイストかと思いきやコメディにスライド,ラストでさらにもう一回どんでん返し.なんて気持ち悪い読後感だろう(褒め言葉).
冴えない四十男,二十日間の有給を使って娘と向き合う.小柳粒男 「フォーティーユースボーイ」はちょっと変わった青春小説.トンチキな背景を織り交ぜつつ,ストーリーはすんげー青臭い.いかにもこの作者の味だなあ.好き.
ガラパゴス君」こと宇土信介はモテるヤツだった.針谷卓史 「ガラパゴス・エフェクト」.ダメ青春小説プラスズッコケオチ.サクっと楽しい.
杉山幌 「うなさか」.かたやレイプ被害者の双子の兄・洸,かたやレイプ加害者の妹・瑞穂.ふたりは懲役を終え出所した瑞穂の兄を殺そうとする.被害者と加害者の関係といい,兄と妹の関係といい,ひたすら重苦しい.それだけに,ラストには救われるような気持ち.
森野樹 「転転転校生生生」.ちょっとした手違いから転校希望者が殺到する高校で,僕は転校してしまう綾小路さんに告白しようとしていた.どっかしら筒井康隆の味がするドタバタ小説.「転校生」をネタにしたメタな話かと思ったら斜め上に行かれた.やー,すごい.
井上竜 「押入れで花嫁」.ミニマルなテキストで綴られた訳のわからん話で,『ポジティヴシンキングの末裔』を彷彿とさせるところがある.ことあるごとに全裸になりたがる喪服の女子大生(主人公)やら,「早口すぎるために何を言っているのかが今いちよくわからない」,ダッチワイフと暮らす階下の住人やらの話.いきなり出てくる巨大蟹とチェーンソーで戦ったりなんの話だかよく分からない.すっげー好み.
講談社BOX新人賞受賞作家競作集.ほかにはペシミストが世界と向き合うために必要なこと,新沢克海 「ダンスモンキーの虚と実」.西暦 2305 年,汚い納屋で生まれた僕は案内天使ミカナルに導かれ,地上の天使を殺す旅に出る,ganzi 「アービアス.妹と歩く山道で現実と記憶が不思議に入り交じる幻想短篇,円山まどか 「木の葉に回すフィルム」の全十篇.思っていた以上に粒が揃っている短篇集でした.一篇でも気になる作品があるなら,手に取って損はないんじゃないかな.満足です.