天沢夏月 『サマー・ランサー』 (メディアワークス文庫)

ぐいっと、手に何か押しつけられる。見なくてもわかる。細くて、長くて、すべすべとした感触。竹刀とは違う。上品で、どこか静謐な、木槍の質感。
「これは、その可能性のひとつ。もちろん、槍でなくたっていい。なんでもいい。きみにはなんだってできるんだから。剣道だけだなんて、そんなこと絶対ないんだから。誰にも才能なんてないんだよ。頑張ったやつが天才なんだよ。それともきみは、センスとか信じちゃう人?」

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剣道会で知らぬ者のいない藩士を祖父に持つ少年,大野天智.彼自身も将来を嘱望される剣道家だったが,祖父の死をきっかけにまったく剣を握ることができなくなっていた.高校に入学した天智はある日,体育館の前で不思議な音を聞く.それは,木槍のぶつかり合う音だった.
第19回電撃小説大賞選考委員奨励賞受賞作.剣道で「壁」にぶち当たって腐ってしまった少年が,槍道を志す槍のようにまっすぐな少女に出会うことで変わってゆく.競技人口約5,000人のマイナー競技である槍道にスポットライトを当てたスポ根青春もの.……だと思ってラストまで読んだので,あとがきを読んでびっくりした.自分が鈍いのか,もの知らずなだけだと思うけど,架空のスポーツを描くのならもっと必要以上にディテールを描写すると思うじゃない.なんかストーリーの中の説明量が適当にバランスが取れているし,試合風景の描写もスピード感があるしで,ずっと実在の競技だと思いながら読めてしまったよ.槍のぶつかり合う音をはじめとして,音に注目した描写が目立ったかな.羽山さんの魔性の女っぷりといい,青春ものとしてはオーソドックスで都合のよいものだと思うけど,読んでいて悪い気分はしなかった.表紙イラストで気になったならそのまま手にとってみて良いと思う.