- 作者: 菅浩江
- 出版社/メーカー: 早川書房
- 発売日: 2013/10/25
- メディア: 単行本
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――大地よ、太陽よ、血よ!
流浪の民
蔓の入り組んだ斜面で、〈刃物造りの女の二番目の娘〉は仰のいて叫んだ。
――他の者と共に生きていく私に、他の誰よりも鮮やかな色を!
流浪の生活は終わった。が、その安定と引き替えるがごとく、魂はよりよき自分を目指してさすらい始めてしまったのだということに、彼女はまだ気付かないでいた。
――恐れることはありませんよ。これまでと何も変わらないのだから。少しでも遠く、少しでも広く、少しでも良く。そうやって人は生きていくのだから。争いや偽りがあったとしても、その大きなうねりは変わらない。
化粧歴程
首だけをゆらりと蠢かせて、彼女は小屋の天井を見上げた。
――私も、じきに……いく。遠く、広く、高く、良いところへ。
“美容+医療”をかかげる革新的な企業,〈コスメディック・ビッキー〉.アンチエイジングや身体変工からはじまり,地球上のあらゆる分野へと手を伸ばし続ける〈ビッキー〉の経営者山田キクとその娘リルには遠大な思いがあった.
5年ぶりとなる連作短篇集.物語は社会における化粧の発明からはじまり,人類の自発的進化へと至る.「化粧SF」というふうに聞いていた気がするのだけど,「化粧」という言葉にこれほどまでの意味が含まれるとは思っていなかった.蒙を啓かれるとはこういうことかと思った.コミュニケーションの道具であり,自己満足の道具でもある化粧.「リッパー」や〈シャクドウ・ギア〉,人口鰓など,技術の進歩と価値観の変化によって,未来の人間は自分の選択した自由な姿を手に入れることが可能となる.「化粧」に対する社会の価値観が,物語の進行に沿ってナチュラルにスライドしていく様子は,それに気づいた瞬間にぞわっとした.
ただ,化粧を使いこなすことが,正解である,という書き方はしていないのよな.そして,その考え方も社会に完全に受け入れられているわけではない.自由であること,満ちていることが人類にもたらすものと過程を提示するのみで,到達点は描かれない.そこがもどかしくもあり,想像が広がる部分でもある.良いものでありました.