安藤白悧 『暁の女王と塵の勇者』 (講談社ラノベ文庫)

暁の女王と塵の勇者 (講談社ラノベ文庫)

暁の女王と塵の勇者 (講談社ラノベ文庫)

「つまり、勇者の肉体には、剣や魔術の才以前の、対魔物の特性があるのではないでしょうか? 例えば、毒蛇の毒のような――」
「滅多なことを言うものではありませんよ! シムル様!」
話が予想外に剣呑な方向に飛びそうになって、思わずイィルは叫んだ。
「勇者様を下等な爬虫に例えるだけでは飽きたらず――。とんでもない! 全くとんでもない話です!」
シムルが暗示したものは、重大な不敬発言ともとられかねないものだった。
「それでは勇者とは単に『そういう生き物』だということになってしまうではありませんか!」

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〈十王国〉末期の時代.勇者の血を引きながらも,魔物の血や瘴気に弱い少年サーレは,町外れでほそぼそと暮らしていた.同じく勇者の末裔である,幼馴染の少女シムルが魔物退治の旅に出立することを知ったサーレは,ある決意を胸に旅に出る.
魔王との因縁からはじまり,三千年に渡り血脈が受け継がれ続ける勇者.人々を守る者であり,文化の柱であり,民を操る政治の道具である勇者はこの世界で何ができるのか.デビューから一貫して殊能将之への愛を書き続ける覆面作家の新作は,ファンタジー世界を舞台にした殊能将之へのオマージュ(あとがきによると『キマイラの新しい城』のオマージュ).あとがきは本当に殊能将之のこと(というかファンの感想)しか書いてない.「『キマイラの新しい城』は現代作家殊能将之の集大成」,「殊能将之読書日記が講談社より発売中」,「自分はウィリアム・ギャディス『JR』のあらすじ紹介が一番好き」.この作家,いったい何者なんだ…….
「勇者」だとか「英雄」だとかが実在し続けることで,社会や文化に与えた影響みたいなものが垣間見えるようにしているのがとても良い.世界観は単なるファンタジーもどきではなく,かと言って変に奇をてらうでもなく,しっかり考えられているし読み応えもあると思う.ちょくちょく挟むコンピュータRPGのネタが若干滑っているのと,「最弱の勇者」の秘密が明らかになるあたりで力が抜けるのは,まあご愛嬌ではないでしょうか.というか知らないと殊能将之オマージュって絶対わからないよね.届くべきひとに届くといいな.