比喩として『世界はバイオスフィアIII型建築に覆い尽くされた』ということはあっても、実際、厳密にそうであるわけではない。地表を見渡せば様々な建築物が残され、致命的な環境破壊を免れて回復しつつある森や海も広がっているのだ。
そこに人がいないというだけで。
内部で資源的、エネルギー的に完結したバイオスフィアIII型建築。住民に恒久的な生活と幸福を約束する住宅の実用化と普及によって、人類は家から一歩も出ることなく一生を終えることが可能となった。住宅の管理を行う後香不動産の社員アレイとユキオは、バイオスフィアIII型建築から寄せられる住民のクレーム対応に走り回る。
「それが異常であるとは思いませんよ。異常さを定義できる客観性は、もうこの地上に残っていませんからね」
遠い未来。人々の一生が家の中で完結するようになり、世界からはヒトと世間と「正気」が失われていた。アレイとユキオは、独自の発達を遂げた奇妙な家々のクレームに振り回されることになる。「ポスト・ステイホームの極北」を描いた連作SF短編。もともと好きで読んでいた作家ではあるし、デビュー作から一貫して「価値観」を描いているのは変わらないのだけど、ここまで器用に作風が違うものを書けるとは思わなかったので驚いた。
どこかシニカルなユーモアや、「人間」に対する視点が柞刈湯葉に近いのかなと感じた。単一の社会が消え、国家が消え、すべてが完結した「家」という世界で過ごすようになったヒトはどのような多様性(?)を獲得し、どのような進化(?)を遂げるのか、とくと御覧あれ。どちらのファンにもぜひ読んでもらいたい。むちゃくちゃ楽しい傑作でした。
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