久永実木彦 『わたしたちの怪獣』 (創元日本SF叢書)

「ゾンビは癒やしだからよ」星乃さんはいった。「噛まれればだれもがゾンビになるし、ゾンビになってしまえば人種も民族も性別も貧富も関係ない。着飾って自分を特別に見せようとしたり、なにかを所有してだれかに差をつけようとしたりする必要もない。他人とのちがいに傷つくこともない。空腹が満たせるならそれで満足。それって、ある意味で理想的だと思わない?」

わたしはこれから、怪獣の現れた東京に、お父さんの死体を棄てに行く。表題作「わたしたちの怪獣」。時間移動の技術と〈改変法〉によってあらゆる悲劇をなかったことにできる世界、時間改変を実行する労働者のアパシーを描いた「ぴぴぴ・ぴっぴぴ」。天涯孤独な女子高生と、ふらりと町に現れた吸血鬼のいっときの交流と別れ、「夜の安らぎ」。とある映画館の最後の営業日、伝説のZ級映画を上映する外の世界はゾンビで溢れかえっていた。「『アタック・オブ・ザ・キラートマト』を観ながら」

四編を収録した短編集。人間の窮屈さ、孤独、絶望を、SFのフォーマットを借りて描いたというのかな。あまりにままならない様を、流麗に開かれたテキストで浮かび上がらせる。ベストを選ぶのが差し出がましいと思えるくらい、どの短編もとても良いものだった。