『ifの世界線 改変歴史SFアンソロジー』 (講談社タイガ)

しかし、それでもわたしは思ってしまうのだ。

――世界初の炎上事件はなぜ起きたのか?

――それは集団の狂気とでも呼ぶべきものだったのか、それとも仕掛け人がいたのか?

パニック ――一九六五年のSNS

歴史人物の心理への関心と、欧米をはじめとする先進国での正義主義の高まり、そして量子コンピュータの技術革新の合流によって生まれたのが、加速宇宙連続思考型シミュレーションを利用した、歴史人物の内面調査である。

二〇〇〇一周目のジャンヌ

イタリア南部の町タラントで、人々が死ぬまで踊り続ける奇病が発生した。治療法を求めるスペイン領ナポリ総督は、テオフラストゥス・フォン・ホーエンハイムを呼ぶ。石川宗生「うたう蜘蛛」。とぼけた感じが楽しく、作者の真骨頂が存分に発揮された短編だったと思う。

1965年、開高健のベトナム取材に端を発した世界初のWeb炎上事件を考察する。宮内悠介「パニック ――一九六五年のSNS」。インターネットを「明るい闇」と評した小説は自分が知る限りは二冊目。インターネットの功と罪を、高度成長期とベトナム戦争の時代に書かれた『輝ける闇』に重ねて描いてゆく。身も蓋もないラストにつながる諦観と、この出来事をこういう風に調理するのか! という面白さが同時に押し寄せてくる。

多くの歌を残した天才歌人、式子内親王。その才能を人知れず支えた女房がいた。斜線堂有紀「一一六二年の lovin' life」。トンチキ小説かと思ったら、あまりに美しく、そして儚い恋慕が語られていた。

半径一里の巨大な石壁に守られた江戸の町。その生活を支える玉川上水に毒が流されようとしていた。小川一水「大江戸石郭突破仕留(いしのくるわをつきやぶりしとめる)。読んでいくうちにふくらんでいく違和感に答え合わせが用意されているのがやさしい。本書のテーマにいちばん沿ったSFだと思う。

正義主義の台頭を受けて、救国の乙女ジャンヌ・ダルクは20000回にわたる再検証を受ける。それは、死後七世紀以上が経って再びの魔女裁判だった。伴名練「二〇〇〇一周目のジャンヌ」。さすがの一言である。

小説現代に掲載されたSF短編の詰め合わせ。厳密にはアンソロジーとは呼ばないものの気がするのだけど、これだけの作家を揃えたSF短編集が、このくらいの厚さと価格、手に取りやすさでバンバン出てくればSFが死ぬことはないと思われる。それもまた別の世界線の話かもしれない。