浦土之混乱 『スタンピード!!』 (講談社ラノベ文庫)

スタンピード!! (講談社ラノベ文庫)

スタンピード!! (講談社ラノベ文庫)

「この世にヒーローが居ないってんなら、俺がヒーローになってやる」

茨城県土浦市.かつてこの街にはヒーローがいた.それから十数年前が経った20XX年.市中の銀行が過激派武装集団新攘夷会に占拠される.為す術のない暴力の前に現れたのは,ヒーローの志を継ぐ三人の若者だった.

ヒーローの去った街に現れた新しいヒーローは,正義の警察官,義賊のギャングスタ,不幸属性の一般人の三人だった.第7回講談社ラノベ文庫新人賞佳作受賞作.土浦を舞台にした,成田良悟を思わせるようなスピーディな群像劇.それぞれのキャラクターは良いと思うし,ストーリーの大筋は好みなんだけど,いまいち乗り切れなかった.思うに,「ヒーロー」の描き方というかけれん味が弱いのかなあ.ここにいない初代「ヒーロー」の存在感がどうも薄いがために,主人公三人の行動原理が薄くなり,黒幕が小物にしか見えないし,真の黒幕は目的がさっぱりわからない.結果としてカタルシスも今ひとつ,という.

内堀優一 『笑わない科学者と時詠みの魔法使い』 (HJ文庫)

笑わない科学者と時詠みの魔法使い (HJ文庫)

笑わない科学者と時詠みの魔法使い (HJ文庫)

知るということは、明日に繋がる何かを得ることだ。

知ろうとすることは、明日へと今を繋げていく行為だ。

明日へと繋げていこうとする時、人は不安や絶望から僅かでも解放される。

物理学を専攻する大学生,大倉耕介は,教授から「魔法使い」の少女,咲耶を紹介される.学費が尽き,大学をやめることを考えていた耕介は,咲耶と同じマンションで世話をしつつ暮らすことを提案される.

第3回ノベルジャパン大賞奨励賞受賞の,物理学者と魔法使いの凸凹同居生活.このテーマなので「魔法を物理的に解釈する」みたいな話なのかな,と思っていたらさにあらず.「柔軟な感性」を持ったふたりが,お互いの立場を尊重しそのままの姿で理解しようとする.知識と柔軟性と想像力が理想的な像をむすぶ,優しい小説だと思う.出版から8年以上経ってるけど古びた感じがしない.良いのではないでしょうか.

神田夏生 『狂気の沙汰もアイ次第 ループ』 (電撃文庫)

狂気の沙汰もアイ次第 ループ (電撃文庫)

狂気の沙汰もアイ次第 ループ (電撃文庫)

「そうだ。おまえは人間の行動パターンを収集したい、愛の観察がしたいんだろ。なら……」

さっき浮かんだ、馬鹿な案。蜘蛛の糸を掴むような、微かな希望。

「僕がおまえに、愛を教えてやる」

生存者がふたり以下になれば脱出できるという条件を与えられて,名もなき宇宙人に拉致された9人の男女.「愛情」を知りたいと言う宇宙人に,武器と「飲むと生き返れる石」を与えられた彼ら彼女らの殺し合いが始まる.簡単に殺し,簡単に生き返る.殺し合いを終わらせるために取った手段とは.

『狂気の沙汰もアイ次第』と同じシチュエーション,ほぼ同じ登場人物たちが同じように殺し合う.変な方向にばかり思い切りがいいサスペンス.作者曰く「2でも続でもなくループです」とのこと.一巻の強烈なインパクトには及ばないけど,「飲んでおけば生き返る石」をはじめとするおもしろガジェットを駆使した殺し合いには独特の趣きがある.そして,地球人が宇宙人に語らう「愛」と,その結末に至る不思議な思考の流れ.なんというか,変な小説でございました.



kanadai.hatenablog.jp

鴨志田一 『青春ブタ野郎はハツコイ少女の夢を見ない』 (電撃文庫)

青春ブタ野郎はハツコイ少女の夢を見ない 青春ブタ野郎はバニーガール先輩の夢を見ない (電撃文庫)

青春ブタ野郎はハツコイ少女の夢を見ない 青春ブタ野郎はバニーガール先輩の夢を見ない (電撃文庫)

「ご褒美になにしてほしいのよ」

呆れたように麻衣が聞いてくる。

「ずっと一緒にいてください」

「そんなことでいいんだ」

どこか楽しそうに麻衣は笑っていた。

前に進むために未来を否定し,愛するひとと自分のために改めて選択する.『青春ブタ野郎はゆめみる少女の夢を見ない』の衝撃的なラストから始まる,シリーズ第七巻.ひとつの大きな区切りなのかな.シリーズ一作目の仕掛けも使いながら,咲太の決意とその結果を描く.初恋の少女と現在の恋人という対比がウェットすぎて,好みからちょっと外れるのだけど,これまでの集大成としてはこれ以上のものはないのだろうなと思う.引き続き,追いかけさせていただきます.



kanadai.hatenablog.jp

岩城裕明 『呪いに首はありますか』 (実業之日本社)

呪いに首はありますか

呪いに首はありますか

相談者である男は一度唾を飲み込むと、

「それが、うちに幽霊の死体が出るんです」

そう言った。

「なるほど」と恵介は頷きかけて止まる。「幽霊の死体ってなんですか?」

久那納家には,長子が三十歳までに必ず死ぬという呪いがかけられていた.28歳の久那納恵介は,「心霊科医」を名乗って相棒で幽霊の墓麿とともに怪しいクリニックを運営している.呪いを解く方法を探すため,ふたりは霊に関する相談を解き明かしてゆく.

ホラーミステリの連作短篇集.幽霊の死体が出るだの,他人に見えないはずの幽霊が誘拐されただのといった,ともすればのんきにも見えるおかしな心霊相談が,やがて短命の呪いの真実に近づいてゆく.短篇ごとのネタに対する目のつけどころもさることながら,ユーモアのある語りから異様な着地点への自然な誘導が良い.毎度うまいと思う.

短篇ひとつひとつが伏線になり,少しずつ明かされる真実がラストに向けて収束する.連作短篇の醍醐味は十分.表紙の意味が明らかになってから,他にどうしようもないラストに至るまでの切なさ,強烈なやるせなさは胸に来るものがある.良いものだと思います.