周藤蓮 『吸血鬼に天国はない』 (電撃文庫)

吸血鬼に天国はない (電撃文庫)

吸血鬼に天国はない (電撃文庫)

大戦と禁酒法。その二つが、世界を壊してしまった。

そしてその壊れてしまった時代に、シーモアはいた。

それだけの話だ。

大戦と禁酒法が旧来の道徳を破壊した時代,五つのマフィアが抗争を続ける都市.頼まれれば何でも運ぶ非合法の運び屋,シーモア・ロードにある日持ち込まれたのは,ひとりの美しい少女,ルーミー・スパイク.彼女は正真正銘の吸血鬼だった.

今ではない時代で,社会的に自立しつつも何かが欠落した大人の男と,社会の外側にいる少女が出会う.あらすじを見てデビュー作の『賭博師は祈らない』とそう変わらないのかなと思っていたら,後半でやられた.これほどのあらすじ詐欺は見たことがない.

旧い価値観が破壊され,すべてが平等に無価値になった時代.煙草の煙が漂う街の裏の顔.油とペンキにまみれたガレージのにおい.目の前にありながら壊れている家族の関係.そして成り行きでいっしょに生活することになったふたりの距離の変化.細かい機微や情景といった細やかな描写力はさらに磨かれている.テーマに関しては荒削りなところもあると思うのだけど,書きたいものを書くだけでなく,さらなるものを目指そうという意欲が垣間見えるというか.期待を大きく上回る傑作でした.



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ジャスパー・フォード/桐谷知未訳 『雪降る夏空にきみと眠る』 (竹書房文庫)

雪降る夏空にきみと眠る 上 (竹書房文庫)雪降る夏空にきみと眠る 下 (竹書房文庫)

冬眠する九十九・九九パーセントの人々にとって、冬とは抽象的な概念だ。眠りに就いて、目覚める。願わくは、十六週間後に。

長い冬を乗り越えるため,人類が冬眠する道を選んだ世界.冬季取締官になったチャーリーは,ナイトウォーカーとなったティフェン夫人を〈セクター12〉に送り届ける任務につく.

長く過酷な冬のウェールズ.冬季取締局とハイバーテック・インダストリー社が管理する世界では,多くの人々が各地の睡眠塔(ドーミトリウム)で眠り,ブリザードの舞う屋外では春蠢(スプリングライズ)を迎えられなかったナイトウォーカー,冬季不眠症患者(ウィンソムニアック)冬牧民(ウォマド)盗賊(ヴィラン),そして冬の魔物(ウィンターフォルク)が暗躍していた.

「冬」に覆われた世界を描く歴史改変SF.冬を頭につけた造語の数々と,荒れ果てつつも独自の文明を(千年以上のオーダーで)築き上げた世界にどことなく「Fallout」みを感じる.政治,社会,産業,風習,文化,歴史とあらゆる面から描かれる冬の世界は,読み進めるごとに驚くような新事実が少しずつ,確実に出てくるのがすごい.密度はかなりのものなのだけど,情報の出し方が恐ろしくうまい.しっぽまであんこぎっしり,最後まで飽きない.改変世界ものが好きなら,あるいは表紙イラストに惹かれるところがあれば読んでみて損はないはず.



雪降る夏空にきみと眠る 上 (竹書房文庫)

雪降る夏空にきみと眠る 上 (竹書房文庫)

雪降る夏空にきみと眠る 下 (竹書房文庫)

雪降る夏空にきみと眠る 下 (竹書房文庫)

斜線堂有紀 『夏の終わりに君が死ねば完璧だったから』 (メディアワークス文庫)

夏の終わりに君が死ねば完璧だったから (メディアワークス文庫)

夏の終わりに君が死ねば完璧だったから (メディアワークス文庫)

「お前は自分が同じ重さの金塊より価値のある人間だと思うか?」

突然投げかけられた質問に、僕は再度凍り付く。最後に量った時は確か六十キロくらいだったはずだ。六十キロの金がどのくらいの値がつくのか分からないけれど、これだけは言える。

僕は六十キロの金塊よりはずっと価値の無い人間だ。

身体が金塊に変化する病気,多発性金化繊維異形成症.通称「金塊病」の発症者を収容した昴台サナトリウムの近くで,中学生の日向は,患者の女子大生,弥子と出会う.彼女は日向にチェッカーの勝負を持ちかける.日向が一度でも勝てば,弥子は死後に三億円の価値が出る「自分」を相続させるという.

家庭に不和を抱えた少年と,死に至る病を抱えた大学生.終わりの日が確実に近づくなかで,日々チェッカーの勝負を繰り返しながら迎える最後の夏の物語.人間の価値はどこにあるのか,『私が大好きな小説家を殺すまで』よりもさらにプリミティブというか,純粋な問いかけが柱になっている.限界が近い田舎の,暴力的で乾いた描写と,「三億円」という即物的な数字がもたらす変化が心に来る.辛い結末を予感させながらも,ふたりの行く末から目を離せなくなる.ギラギラとした暗い輝きを放つ,最高の青春小説でした.



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松山剛 『君死にたもう流星群4』 (MF文庫J)

君死にたもう流星群4 (MF文庫J)

君死にたもう流星群4 (MF文庫J)

「すべて、『盗作』だ」

「盗作?」

人気のベストセラー作家が、盗作。それも三冊全部。

「これだけじゃない。奴がこれから出版するであろう三十五冊もすべて盗作だ」

ある偶然から「エウロパ事件」の犯人にたどり着いた大地と星乃.「エウロパ」こと井田正樹は,オンラインゲーム「GHQオンライン」に取り込まれ,廃人になっていた.

現在に絶望し,ここではないいつかの時間へ行く.じゃあ捨てられた「現在」には何が残るの? 三巻が「自分が切り捨てた過去がどうなるか」を描いた話だとしたら,この四巻は「自分が切り捨てられたらどうなるか」を描いた話になっている.タイムリープものにつきまとう,それでいて忘れられがちな問題を,はっきりした形で浮かび上がらせる.

「大流星群」と呼ばれるテロとその真犯人と言われる「ガニメデ」,宇宙から届いた暗号データ,未来から来た盗作犯,少女を殺すネットとマスコミの好奇心と悪意,人生という名の物語.「夢」と「宇宙」がテーマと言いながら,いくつもの事象が並行して描かれていく.語れば語るだけ謎が増えていくため,正直とっ散らかっている印象もあるのだけど,なんというか,ひとつひとつのテーマについてとても真摯に考える姿勢がほの見える.まだまだ方向はまったく見えていないのだけど,引き続き追いかけたいと思っています.

ネットで浴びせられる匿名の悪意の矢。

リアルで浴びせられる匿名の好奇の目。

地球人は同じなのだ。私たちを的にして、なじり、罵り、見世物にして、最後はボロ雑巾になるまで消費し続ける生命体なのだ。地球上の知的生命体にはそうしたモラルと自制心が欠如しているのだ――私はすべてを理解した。だから、この日を境に地球人を信じないことにした。信じられるのはなくなったお父さんと、今ここで眠るお母さんだけだ。だから地球人には一切笑顔を見せないことに決めた。



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さがら総 『教え子に脅迫されるのは犯罪ですか? 5時間目』 (MF文庫J)

教え子に脅迫されるのは犯罪ですか? 5時間目 (MF文庫J)

教え子に脅迫されるのは犯罪ですか? 5時間目 (MF文庫J)

「『面白さ』だけは、理屈じゃない。どうしたって、理屈じゃないんだ。その論理化できない論理のために、編集者(おれたち)は汗水垂らして働いているんだよ。才能の奴隷は、面白さには逆らえないから」

才能の奴隷。

それは、自虐のようで、確かな矜持を感じさせる言葉だ。

己には、才能を見抜く力があるということだから。

新企画の取材のために箱根を訪れた天神とヤヤ.別の仕事に捕まって遅れる編集者の代わりに,なぜか箱根に現れたのは星花と冬燕の凸凹コンビ.すわ,三人の女子中学生に囲まれての温泉回かと思いきや,突然の湯けむり殺人事件,始まり始まり.

こういうのもイラスト詐欺というのかな.凡人である天神の視点で,「才能」の存在について書きつけていく.この世界には化け物のように輝く天才がいて,絶望と嫉妬に狂う凡人がいて,自らを才能の奴隷と言う人間がいる.本を売るためなら悪魔に魂を売ってそれ以上に売りつけてやるとまで言う編集者がいて,作家を愛し,ともに生きるのが仕事だという編集者がいる.誰もが純粋に才能の存在を信じていて,良いものを作るために最善の行動を取っているはずなのに,どうしてこの世はかくも残酷なのか,という.先日の炎上騒動に重ね合わせて,複雑な心境になってしまった.


「作家を愛し、作家とともに生きることが自分たちの仕事だと思います」

そんな夢物語を口にする。

俺はぼんやりと天井を仰いだ。

信念。これがこいつの信念なのか。笑ってしまうぐらいやっぱり甘っちょろくて――本当に笑い飛ばすには、なんだか俺の喉の力が足りない。