本田壱成 『水曜日が消えた』 (講談社タイガ)

水曜日が消えた (講談社タイガ)

水曜日が消えた (講談社タイガ)

「先生、十六年って言いましたけど、そうじゃありません」

「……うん」

「二年です。二年と四ヵ月」

「君にとっては、ね」

それじゃあまた明日、と先生は言い直す。

曜日ごとに七つの人格が入れ替わる「周期性人格障害」に罹っている僕は、火曜日だけを生きている。まるで、火曜日という時間の牢獄に囚われた囚人のように、16年間ずっと。そんなある朝目が覚めると、そこは水曜日だった。

まったく性格の異なる七つの人格を持つ男から、「水曜日」が消えた。「火曜日」は初めて火曜日以外の時間を経験し、初めての恋をする。5月公開予定の同名映画のノベライズ。ライトSFサスペンスと言っていいのかな。ダニエル・キイスに、アマラとカマラを足したような印象を受けた。

映画のノベライズだけあって、ストーリーは肩も凝らずしっかりとまとまっている。その上で、火曜日という、「一週間でもっともつまらない日」を生きてきた主人公(ちなみに、主人公の名前は作中では一度も出てこない)が、初めて別の曜日を経験する姿を生き生きと描いていると思う。あと内容には関係ないんだけど、一ノ瀬という名前と性格のヒロインがサメ映画を勧めてくるところで別の画が浮かびました。



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鶴城東 『クラスメイトが使い魔になりまして2』 (ガガガ文庫)

永遠にモラトリアムを生きていたかった。

でも……もはや、そんなことは言っていられない。なにより俺は……俺が努力をしなかったがために、世界だどうにかなろうものなら、きっと生きることに耐えられなくなる。

責任。罪。大嫌いな言葉だ。

もう一度、ため息を吐く。

「本腰入れて、特訓するか」

落ちこぼれの召喚士、芦屋想太と、アクシデントから使い魔になってしまった藤原千景の主従は、藤原の本家に釘を刺されたり紆余曲折ありつつ継続していた。【まつろわぬもの】と呼ばれる魔術師たちに目をつけられてしまった想太は、魔術師協会の理事でもある師匠を頼み、特訓を申し込む。

衝突ばかりの凸凹主従が本当の信頼関係を築くまで。ラブ成分がかなり増強された第二巻。「互いへの無関心」を乗り越えて、本当のパートナーとなる。努力、勝利、成長。王道を征く、しっかりとしたストーリーテリングをしていると感じた。序盤と終盤のバトルで、コンビネーションの成長を見せつけるのもオーソドックスだけど良い。話の地盤が固まったのがわかったというか、追いかけるのが楽しみになりました。



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伊瀬ネキセ 『BNA ZERO ビー・エヌ・エー ゼロ まっさらになれない獣たち』 (ダッシュエックス文庫)

「わたしはあちこちで獣人と人間を見てきました。人間は確かに獣人を迫害します。でも、獣人が悪いこともあったんです。獣人は粗野で、乱暴で、しかもそれを自覚できていない」

「それは、その獣人たちが人間と出会ったばかりだからだ。お互いが馴染むためには、どうしても時間が必要になる」

「彼らがいて、我らがいる。それこそがこの世界の本当の姿なのだ。何かを消し去ってしまうことは正しくない。世界を受け容れ、変わらなければならない」

「受け容れて、変わる……」

繰り返す言葉が、すっと胸の奥に沈んでいった。

アニマシティを築いた市長、バルバレイ・ロゼが少女だった頃の話。獣人の神、銀狼に収容所から救われた少女ナタリアは、獣人と人間が共存できる道を模索していた。第二次世界大戦終戦後の〈追放運動〉。新大陸の港を取り仕切る、人間と獣人で組織したマフィア。内陸で独自のコミュニティを築く獣人の町。

ヨーロッパから新大陸へ。ナタリアと大神士郎は、旅の中で人間と獣人、ふたつの相容れない「ヒト」が暮らす世界を見る。アニマシティが誕生するきっかけとなる出来事を描いたスピンオフ小説。獣人の文化、個性、考え方、人間との違い、人間が支配する社会でどう生きてきたか。獣人にマイノリティを仮託して語っていると思われるところが多いため、危ういところも多いのだけど、キャラクターの魅力を生き生きと描いており、これ以上ないスピンオフになっているのではないかと思う。前向きな力強さの感じられる物語だと思いました。



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八目迷 『きのうの春で、君を待つ』 (ガガガ文庫)

きのうの春で、君を待つ (ガガガ文庫 は 7-2)

きのうの春で、君を待つ (ガガガ文庫 は 7-2)

  • 作者:八目 迷
  • 発売日: 2020/04/17
  • メディア: 文庫

「……カナエくん……」

あかりは顔を上げ、今もぼろぼろと涙が溢れ出す目を、まっすぐ俺に向けた。そして、嗚咽を押し殺し、絞り出すように言った。

「私は、カナエくんに任せる。だから……過去の私を、お願い――」

生まれ育った離島、袖島に東京から家出してきた高校生、カナエ。夕方の六時、袖島にグリーンスリーブスが鳴り響くとき、カナエの意識は跳躍する。幼なじみであるあかりの兄、彰人の命を救うため、時間をさかのぼり奔走するカナエだったが、そこにはある秘密があった。

その瞬間、全身からどっと力が抜け、思わず壁にもたれかかった。

――ああ。

氷解した疑問が、雪解け水のように全身の穴という穴から流れていく感じがする。

これで、過去と未来がつながった。

24時間ずつ、4月5日から4月1日へ。約束を果たすため、繰り返し時間を跳躍する。進む時間と戻る時間の中ですれ違う、幼なじみふたりの青春小説。シンプルなタイム・リープSFとして始まった物語が、ふたりの甘くて苦い過去を描き、だんだんと不穏な色を帯びていく。パズルのように謎が組まれた物語に引き込まれた。それだけに、ラストはむりやり取り繕ったような印象が強かった。ポジティブであれネガティブであれ、このテーマでこの「選択」をできる物語はそうはないはず。これはかなり意地の悪い感想だと思っているけど、個人的には別な形のハッピーエンドを見たかった。ともあれ、デビュー二作目の作品としては非常に安定しているのも事実。期待しています。



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筒城灯士郎 『世界樹の棺』 (星海社FICTIONS)

世界樹の棺 (星海社FICTIONS)

世界樹の棺 (星海社FICTIONS)

わたしはさっきよりももう少し考えてから、答え直してみた。「もしも外部的な要因ではなく、内部的な要因――つまり人類の行動の結果によって、人類が滅びるとしたら、それは正義みたいなものではなく、自己矛盾によるものかもしれません」

ここは美しく小さな小国。恋塚愛埋は、その王城でメイドとして仕えていた。この国の端に存在する〈世界樹の苗木〉は中に街があり、そこで旧文明時代の〈古代人形〉たちが暮らしているのだという。

巨大な世界樹の苗木に設置された聖堂。その棺に眠る秘密とは。世界樹の街で起こった密室殺人事件。殺したのは、殺されたのは人間か、それとも人形か。メタフィクション的な手法も使いつつ、異世界ファンタジーや館ミステリやロボット三原則や百合やあれやこれやを取り入れた全部盛りの「ファンタジー×SF×ミステリー巨篇」。それぞれのテーマはかなり古くからあるもので、作者の嗜好がなんとなく透けて見える。換骨奪胎してエンターテイメントにしているのは見事だし、パーツは面白いんだけど、(作者が自ら言うように)かなり構成がとっ散らかっており、全体を貫くものが弱いというかわかりにくいかなあ、という気がした。リーダビリティはとても高いし、読んでる最中はひたすら楽しかったです。