鳩見すた 『水の後宮』 (メディアワークス文庫)

同僚が殺されかけたのに宮女たちがのんきなのも、市井の感覚が欠落しているからかもしれない。後宮において「宮女の命が軽い」というのは、事実を超えてもはや常識であるようだ。

それを悟った水鏡は、顔には出なかったが戦慄を覚えた。

浮世離れした後宮という世界には、いまだ慣れることができない。

姉がこんな世界に望んで入った理由も、まるで理解できない。

狛江と黒川。二つの大河が交わるこの地において、宮城は水の上に建てられた。水の後宮に住むのは、妃嬪と宮女たち、およそ三千人。商人の娘だった水鏡は、後宮に水夫として入宮し、一年足らずで遺体となって帰ってきた姉の真相を探っていた。

水に浮かぶ後宮。商家の生まれの目利きを活かし、水鏡は水面が映す真相に舟を漕ぎ寄せる。側室たち、宮女たち、宦官、皇太后、皇太弟と、一癖も二癖もある登場人物たちが織りなす、じっとりした質感の後宮ミステリ。細やかなところまで目配せが利いており、非常に濃密な物語になっている。司舟司としての職分と身分の違い故に、直接顔を見ることが出来ず、水面に浮かんだ表情から心の裡を見る描写がよい。目の前の点心メニューをいかに美味しくいただくか、自分の腹具合と相談して決める、解決後のくだりはほどよく力が抜けている。緩急の利いた、読ませるミステリだったと思います。

鶏卵うどん 『僕たちはまだ恋を知らない ~初恋実験モジュールでの共同生活365日~』 (MF文庫J)

歳を取って思い出し、「あの一年」が自分の人生を決定づけたと確信できる一年が誰にでもあるのだそうだ。

そして僕にとっての「あの一年」は、間違いない。

第18局地用居住モジュール長期滞在実験に参加するため、北海道の原野に建てられた白い方舟(ノアズアーク)の中で過ごした十二か月だ。

北海道の原野に建設された第18局地用居住モジュール。共同生活実験として、選抜された六人の学生がここで一年間を過ごすことになる。モジュールに到着した参加者の高校生、鳩村光は、その場で他の参加者五人が全員女子だということを知る。

五人の女子と一人の男子の共同生活実験、期間は一年、報酬は奨学金と好きな大学への進学。ただしモジュール内恋愛は即追い出しの、「密着閉鎖系ラブコメ」。ストーリーの前提となる導入が楽しい。米中の宇宙開発競争に伴い、局地居住モジュール研究激化、JAXAも米について共同参画 → 米大統領の交代で宇宙開発予算終了、JAXAの研究チームも解散 → その15年後、居住モジュール研究再開、ただし管轄がなぜかJAXAから内閣府直属になり、世論に不信感 → 新型ウイルス蔓延……。

SF的なつかみと、叙述トリックめいた仕掛けで引きつけつつ、基本的にはハーレムラブコメらしいものを詰め込んだ無難な導入と言えようか。ふしぎなわちゃわちゃ感があって悪くない。続きを待ってます。

駿馬京 『インフルエンス・インシデント Case:02 元子役配信者・春日夜鶴の場合』 (電撃文庫)

僕は……否、僕たちは『共感』の強さを知っている。

インフルエンサーは共感の上に成り立つ存在だから。

自分のことを受け入れてくれる人がいるからこそ、存在意義が得られる。たとえそれが逸脱したコミュニティであっても、心の安定を得られるならば、それに縋りたくなると思う。

山吹大学社会学部の白鷺玲華教授に新たに相談を持ちかけてきた少女、春日夜鶴。「春日夜鶴は炎上を呼ぶ」。かつて人気子役として名を馳せ、今ではティーンに人気の配信者である彼女は、SNSに広がる噂に悩まされていた。

京都を舞台にした、インターネット社会学小説の第二巻。配信者を中心に、インターネットと社会の関係を描いてゆく。インフルエンサーは共感で食っている、そもそも人間にインターネットは早すぎる、みたいなタイムリーにして普遍的な導入から、事件は物理的に炎上する。一巻の時点でも思ったけど、現実のインターネットも社会も人間関係も、きれいに決着、とまではいかなくても、区切りがつくこともあまりないよね。簡潔でわかりやすい文章ですらすらと読める、キャラクター小説の革を被った、きれいなフィクション。現代的で非常に身近なだけに、事実は小説より奇なりを心から実感できる、稀有な小説だと思う。良かったです。



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呂暇郁夫 『楽園殺し2 最後の弾丸(ラスト・バレット)』 (ガガガ文庫)

人を、斬ってきた。それはもう、数えきれないほどに。

生まれついての剣士というわけではなかった。人生の途中で、修羅にならねばならない転機が訪れただけのことだ。そういうことは、この砂塵塗れの世界では往々にして起こる。

偉大都市をたずねたのは、ある男を殺すためだった。

砂塵の舞う偉大都市。粛清官シルヴィ・バレトとシン・チウミは、それぞれの復讐を胸に「狼士会」頭領ルーガルーと“一〇八人殺し”の人形遣いにまみえる。

二人の少女、一つの運命。偉大都市に最後の銃声が鳴り響く。実質的に上下巻となった復讐譚の完結。スタイリッシュなアクション小説。設定はすごく好きだし、悪くはないんだけど、目が滑って頭に入ってこないところが多かったかなあ。



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立川浦々 『公務員、中田忍の悪徳』 (ガガガ文庫)

《エルフ》が、初めて喋った。

喋ったのだが。

「ボベャルカッアッツロヌ」

ボベャルカッアッツロヌと言っていた。

誰も口に出さないのは、ちゃんと発音できる自信がないからであろう。

区役所福祉生活課支援第一係長、中田忍。責任感が強く、他人に厳しいが自分にはもっと厳しい32歳独身。ある日終電で家に帰ると、リビングにエルフの少女のようなものが倒れていた。

どうやらコミュニケーションはできるけど言葉は通じない。食生活もどうやらヒトとは違うらしい。そもそも本当に異世界から来たのかもわからない。異世界からやってきた(と思われる)《エルフ》の少女と、地方公務員の交流、観察、あるいは福祉の在り方について描いた、第15回小学館ライトノベル大賞優秀賞受賞作。未知との遭遇、生態の解明、コミュニケーションの探求と、《エルフ》へのアプローチの仕方は完全にSF的な思考に則ったもの。ほぼ主人公の家(間取り図付)で話が進むこともあって、石黒達昌をライトなシチュエーションコメディに仕立て直したような趣があった。最初に心配するのがそこ? だとか、話の運び方に粗いところもあるけど、途中からは夢中で読んだ。とても楽しかったです。