立川浦々 『公務員、中田忍の悪徳2』 (ガガガ文庫)

「ああ。そうした線から考えていくと、ヒトという存在の定義は極めて曖昧になる。私見を述べさせて貰えば、今までは地球上にヒト以外のヒトに近い何かがいなかったため、わざわざ厳密な定義を作る必要がなかったんじゃないか」

中田忍はひとつの悪徳を犯していた。福祉生活課支援第一係長という社会的地位にありながら、自宅に現れた異世界エルフを保護し、秘密裏に生かし続けること。福祉課の厳しい業務に加えて、異世界エルフことアリエルに関する悩みと罪悪感、自責の念が、忍を日々苛んでいた。

異世界エルフとのファーストコンタクトのそれからを描いた第二巻。異世界エルフとの最初の交流はどうやら平和裏になんとかなった。では、異世界からたったひとりで現れたヒト型生物を、この現代社会で生かすにはどうすべきか? 主人公・中田忍の人物にスポットを当てながら、福祉に関わる大人という立ち位置から解釈し、社会と法の中で生きる方法を探ってゆく。一巻がファーストコンタクトSFなら、二巻はポストファーストコンタクトの社会科学SFと言えるかな。上記の引用部分みたいな考え方が話の流れの中でさらっと出てくるのはいいな、と思う。それぞれに専門を持ち、未熟なところもある大人たちが考えて試行錯誤して行動する。出オチに終わるんじゃないかと思っていたけど、ものすごく丁寧で考え抜いているのがわかり、懸念は完全に吹っ飛んだ。続きが楽しみなシリーズがまた増えました。



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二月公 『声優ラジオのウラオモテ #06 夕陽とやすみは大きくなりたい?』 (電撃文庫)

「ここで重要なのが、お客さんの目線。不思議なもので、お客さんは声優の後ろにいるキャラクターを見ながら、同時に、声優を観ている。キャラと声優を重ね、そのどちらにも強い感情を抱く。キャラクターだけではなく、声優だけでもなく、ふたりを重ねて観ている。だからこそ、熱は何倍にも膨れ上がる。わたしはそう思うの」

アニメ、ゲームにラジオとメディアミックス企画を前提としたアイドル声優プロジェクト「ティアラ☆スターズ」。オーディションに合格した夕陽とやすみは、ユニット同士の対決という形式のライブで、それぞれのユニットのリーダーに抜擢される。メンバーはよく知った先輩に、年上の新人声優や、芸歴八年の小学生声優といったくせのある面々。ライバルのふたりはライブを成功に導けるのか。

そんな邪な考えが頭をよぎっている間に、割と真面目なビンタを喰らった。

いやビンタて。

マジのやつじゃん。

「女性声優が女性声優にビンタしないでよ……、びっくりするなぁ……」

ライバルと仕事と成長と、ふたりの声優の青春を描いたストーリーの第六巻。上記引用部分やあらすじから、どっかで聴いたことある……と感じるひとは、おそらく自分と趣味が近い。橘ありすと市川雛菜って相性悪そうだな……というのが読みながら考えたこと。バチバチにお互いを意識したライバル関係は変わらず熱く、さらに広がりを見せようとする人間関係の温度がとても心地良い。声優という仕事と、高校卒業を前にした進路の選択と、物語としても地に足がついたものになりつつある、のかな。引き続き応援してます。

駿馬京 『インフルエンス・インシデント Case:03 粛清者・茜谷深紅の場合』 (電撃文庫)

脆弱な言語力と思考力でもって他者と接する機会が増えたからこそ、その間に軋轢が生じて、個人間コミュニケーションの機能不全が起こる。思考力を持たない人間は他者の思考を頼ることでしか『思考の真似事』すらできない。人間が溜め込んだ膨大な知恵は書物や判例、調査資料となって保存されるが、知能を持たない人間はそもそもこれらを参照できない。

だからこそ人間は『配信』に頼る。

連絡先どころか生死すら不明だった親友、冬美と思いがけない再会を果たしたひまり。しかし、記憶と大きく違う冬美に、ひまりは話しかけることすらできなかった。時を同じくして、RootSpeak上では #SeparationCatsQuest という謎のハッシュタグが流行し、呼応するように若者の自殺が増加しつつあった。

閉じられたコミュニティで、身の丈にあった生活をしていた「考えない葦」たち。しかし彼らは、インターネットという明るい闇に照らされたことで、他人の生活や世界を知り、つながってしまった。インターネットとSNSが社会に与えた功罪を浮き彫りにする、シリーズ第三巻。岡田有希子や「ブルー・ホエール・ウォッチング」を引き合いに、インフルエンサーやインターネットの負の側面と、考える葦である「人間」を語ってゆく。大みそかの決闘という形で描かれるクライマックスの熱も含めて、「今のインターネット」のすべてが詰め込まれていたように思う。最高でした。



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二語十 『探偵はもう、死んでいる。6』 (MF文庫J)

「だがまあ人間そんなもんだろ? ああ、そうさ、それでいい。おれが今日、昨日、過去、お前に偉そうに講釈垂れたことなんて、全部無視して構わない。明日お前が好きになったラッパーのリリックに人生を左右されようが、それもまた人生だ」

「信念がマシュマロぐらい柔いな」

「はは、鉄みたいに硬い信念だと折れた時に大変だぞ」

名探偵シエスタと助手君塚君彦が初めて出会ったのは、地上一万メートルのハイジャックされた機上、ではなかった。今から語られるのはさらに四年前の話。小学生だった俺が《師匠》と出会う場面から始まる。

君塚の師匠との出会い、そしてこの世界を支配するなにか。名探偵と助手、ふたりの本当の出会いを描いた、いわばエピソードゼロ。師匠ことダニー・ブライアントと君塚の、親子ともバディとも違う関係を、ハードボイルドを強く意識したであろうカッコつけた文章で語る。まさにカッコいい。それにしても、一巻ごとに好き勝手やってるなあとは思っていたけど、あとがきを読んだ限りそう間違ってはいなかったようだ。ただ風呂敷を広げるというのとも違ってて、本当に好き勝手書いている感があり、追いかける甲斐がある。一巻の時点で果たしてどこまで考えていたのか。引き続き楽しみにしております。


「知ってる? 世界を救うような物語の主人公は、いつだって少年少女だと相場は決まってるんだよ」

小田雅久仁 『残月記』 (双葉社)

昨今の若者に、日本の歴史に爪痕を残した月昂者の名をいくつあげられるかと問うてみても、多くは三本の指を折ることもできまい。かつて月昂という感染症が日本の、いや、世界の夜を長きにわたっておびやかしたという知識はあるだろう。しかし二十二世紀となったいま、月昂は、天然痘や狂犬病などと同様、先進国の端くれたる日本ではすでに撲滅されたに等しい、“人類はまだ野蛮で哀れだったころ”の“ドラマチックな悲劇”と見なされているのだ。

赤い満月のかかった夜、幸せな家族を奪われた男、「そして月がふりかえる」。枕の下に入れて眠ると「悪い夢」を見るという「月景石」。近未来、独裁政権下の日本で、感染症「月昂」に冒された男の辿った恋と半生、「残月記」

『本にだって雄と雌があります』以来9年ぶりの最新作は、月にまつわるもうひとつ(?)の世界(?)と、家族、人生、恋といったものを描く中短編三編。端正でリアリティのある文章で、ひたすら理不尽、重苦しい物語が語られる。読みながらメンタルがゴリゴリと削られた。最後の最後、愛するひとのために新しい世界を作り出した男と女に、果たして救いがあったと言っていいのか。これほど疲れる読書は何年ぶりだったか。しかし間違いのない傑作、覚悟をして読むといい。



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