小田雅久仁 『残月記』 (双葉社)

昨今の若者に、日本の歴史に爪痕を残した月昂者の名をいくつあげられるかと問うてみても、多くは三本の指を折ることもできまい。かつて月昂という感染症が日本の、いや、世界の夜を長きにわたっておびやかしたという知識はあるだろう。しかし二十二世紀となったいま、月昂は、天然痘や狂犬病などと同様、先進国の端くれたる日本ではすでに撲滅されたに等しい、“人類はまだ野蛮で哀れだったころ”の“ドラマチックな悲劇”と見なされているのだ。

赤い満月のかかった夜、幸せな家族を奪われた男、「そして月がふりかえる」。枕の下に入れて眠ると「悪い夢」を見るという「月景石」。近未来、独裁政権下の日本で、感染症「月昂」に冒された男の辿った恋と半生、「残月記」

『本にだって雄と雌があります』以来9年ぶりの最新作は、月にまつわるもうひとつ(?)の世界(?)と、家族、人生、恋といったものを描く中短編三編。端正でリアリティのある文章で、ひたすら理不尽、重苦しい物語が語られる。読みながらメンタルがゴリゴリと削られた。最後の最後、愛するひとのために新しい世界を作り出した男と女に、果たして救いがあったと言っていいのか。これほど疲れる読書は何年ぶりだったか。しかし間違いのない傑作、覚悟をして読むといい。



kanadai.hatenablog.jp