東崎惟子 『竜殺しのブリュンヒルド』 (電撃文庫)

そう悪い気はしなかった。いや、はっきり言おう。むしろ多幸感に満ちていた。

愛する人の意思を無視して、蹂躙しながら、ひとつになる行為は、

想像を絶するほどに心地よくて、

恐ろしいまでに気持ちよかった。

伝説の島、エデン。島を護る白銀の竜によって、ひとりの幼子が拾われる。竜の血を浴びて生き延びた幼子を、竜は我が娘のように育て、娘も竜を父のように、いやそれ以上に愛した。それから十三年。竜殺しの英雄、シギベルトの襲撃により、竜は殺され、娘は帝国へと奪還される。

親子というのは、そんなにも超常的な心のつながりを有した関係なのか?

神話のような語りから始まる、第28回電撃小説大賞銀賞受賞作。まず竜と楽園の神話があり、人間の手で終わり、そこから新たな神話が始まる、みたいな。そこで語られるのは、「父」と子の間にある愛情と憎悪であったり、そこから生まれる復讐と背徳であったり。あまりに不器用でどろどろとしたものを抱きつつ、まっすぐすぎる愛を描いた、首尾一貫した綺麗な物語でもある。端正なテキストの読み心地も含めて、紅玉いづきと同じ何かを感じた。推薦するのがよくわかる。傑作だったのではないでしょうか。



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深沢仁 『渇き、海鳴り、僕の楽園』 (ポプラ文庫ピュアフル)

扉に体重をかける。溢れんばかりの陽の光がチャペルに入ってきて片手をかざした。僕は急にいまが夏だと思い出す。波の音がした。小道に立って、果てにあるグレイの家を見上げる。青い空の下、美しい白色の建物。そこからここまでの間に、生きている人間はいない。

深呼吸をひとつしてから歩き出す。墓地を墓地にしているものはなんだろう、という疑問が、頭の中でまた浮かんだ。

アメリカのとある田舎町。高校生のウィルは、同級生のスカイ・ハーマーに代わって、ひと夏の間「楽園」と呼ばれる場所で働くことになる。どこにあるともしれない場所、何をするのかも知らないまま訪れた「楽園」。そこはひとりの墓守と墓地しかない美しい孤島だった。

ベッド脇に彼が立ったのがわかった。手を伸ばすと、濡れた鼻先に指が当たった。僕は手探りで頭を撫でる。

おやすみ、とつぶやいてから目を閉じた。

それは、僕にはやはりひとり言のようにしか響かなかったけど、そう悪い気もしなかった。

ある少年がひょんなきっかけで滞在することになった、「楽園」と呼ばれる島での日々。現実と幻想の境目があるのかすら曖昧な島を舞台にした、マジックリアリズムを感じさせる、行きて帰りし物語。成長、というよりは、少年が決断をするためのきっかけを得るための物語とでも言うのかな。幻想的で美しい光景とともに描かれる、とても静かで、どこか不思議な島での生活で変化していく内面の繊細な描写に惹きつけられ、心揺さぶられる。そして、ある場面から登場する犬に質感がありとてもかわいい。あとがきも含めて作者のバックグラウンドを感じさせられるものがあった。『この夏のこともどうせ忘れる』以来約3年ぶりの新刊、とても良いものでした。大人から子供まで、広く読んでほしい傑作だと思います。



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てにをは 『また殺されてしまったのですね、探偵様 3』 (MF文庫J)

「そうね。普通ならそれで相手の勝ちだわ。真実を知るものはこの世にはいなくなる。ところがあなたは聞き出した情報を保持したまま生き返っちゃうってわけね。大したものだわ」

嵐によってクローズドサークルと化した画廊島。そこに現れた大富豪怪盗シャルディナは、島に向けて明朝6時にミサイル発射の指示を出したという。あと数時間、それまでに謎が解けなければ犯人も被害者も、殺人事件もトリックも、すべてが瓦礫の下だ。

前回の続きとなる「画廊島の殺人 後篇」とそのほか二篇を含む第三巻。いかにも一発ネタっぽい「殺されても生き返る探偵」を一発ネタにせず、「殺されて生き返る」存在そのものを話の軸に活かしつつ、新しい物語をつくろうという姿勢を感じた。新本格チックで大仰な話運びはミステリプロパーには評価されない小説だと思うけど、エンターテイメントとして巻を追うごとに楽しくなっている。特に今回はある謎解きと同時に開示される222ページのイラストが最高だった。このイラストのために読む価値があると断言できるし、たまにでもこういうのがあるからこそ、ライトノベルを読むのがやめられないというのはある。続きも楽しみにしています。

鈴木大輔 『ラブコメ・イン・ザ・ダーク』 (MF文庫J)

世界に不満を抱えて生きてきた高校生、佐藤ジローは、自分の夢を自由に操る能力を手に入れる。夢の中でクラスメイトをいいようにしていたジロー。その夢にある日、ジローの知らない少女が現れる。世界を治す医師を自称する少女、天神ユミリは、世界の敵であるジローを治療しに来たという。

これは僕、佐藤ジローが。

そんな彼女を殺すまでの物語。

夢と現実を行き来して紡がれる「暗黒恋愛譚」。世界を侵食する力を手に入れた少年と、世界を治療する少女の露悪的な描き方に、セカイ系的な懐かしさと虚無を感じた。読んでいる最中は楽しかったけど、そこに残るものはあるんだろうか、みたいな。いつもの作風といえばまあ、狙った通りではあるんだろう。

境田吉孝 『青春絶対つぶすマンな俺に救いはいらない。2』 (ガガガ文庫)

世界は弱い者、怠惰なものを許容しない。この世界では、俺たちこそが異物。

この世のあらゆる物語が、詩が、思想が叫んでいる。

正しくあれ! 正しくあれ! 正しくあれ!

俺たちの頭のなかには、いつだってそんな声が響いている。

特別生徒相談室。それは「困窮する人々を遍く救済する」という方針で作られた謎の校内機関。そこに現れたのは自称ビリギャルのクラスメイト、仲里杏奈。自他共に認めるクズ生徒にして、成績が悪すぎてついに留年にリーチがかかった狭山明人は、同じ境遇の杏奈とともに留年回避プロジェクトに取り掛かる。

「脳って、筋肉と違って無限にいじめられるから好き……」

はぐれもののゴミクズ生徒たちが、底辺で織りなす青春と、底辺から見える景色。ほぼ五年ぶりとなる第二巻。さすがにまったく覚えてなかったけど、細々とした振り返りが挟まったおかげでさほど支障なく読めた。上を目指さず、負けて負けて、社会の底辺を進み続ける生き方。その先にあるのは破滅かもしれないし、別の評価軸があるかもしれない。そもそも、負けることは悪なのか? 強いことは正義なのか? みたいな。究極の逆張りみたいな青春小説だけど嫌いじゃない。願わくば、次はもう少し早く出てくれるといいな。



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