深沢仁 『渇き、海鳴り、僕の楽園』 (ポプラ文庫ピュアフル)

扉に体重をかける。溢れんばかりの陽の光がチャペルに入ってきて片手をかざした。僕は急にいまが夏だと思い出す。波の音がした。小道に立って、果てにあるグレイの家を見上げる。青い空の下、美しい白色の建物。そこからここまでの間に、生きている人間はいない。

深呼吸をひとつしてから歩き出す。墓地を墓地にしているものはなんだろう、という疑問が、頭の中でまた浮かんだ。

アメリカのとある田舎町。高校生のウィルは、同級生のスカイ・ハーマーに代わって、ひと夏の間「楽園」と呼ばれる場所で働くことになる。どこにあるともしれない場所、何をするのかも知らないまま訪れた「楽園」。そこはひとりの墓守と墓地しかない美しい孤島だった。

ベッド脇に彼が立ったのがわかった。手を伸ばすと、濡れた鼻先に指が当たった。僕は手探りで頭を撫でる。

おやすみ、とつぶやいてから目を閉じた。

それは、僕にはやはりひとり言のようにしか響かなかったけど、そう悪い気もしなかった。

ある少年がひょんなきっかけで滞在することになった、「楽園」と呼ばれる島での日々。現実と幻想の境目があるのかすら曖昧な島を舞台にした、マジックリアリズムを感じさせる、行きて帰りし物語。成長、というよりは、少年が決断をするためのきっかけを得るための物語とでも言うのかな。幻想的で美しい光景とともに描かれる、とても静かで、どこか不思議な島での生活で変化していく内面の繊細な描写に惹きつけられ、心揺さぶられる。そして、ある場面から登場する犬に質感がありとてもかわいい。あとがきも含めて作者のバックグラウンドを感じさせられるものがあった。『この夏のこともどうせ忘れる』以来約3年ぶりの新刊、とても良いものでした。大人から子供まで、広く読んでほしい傑作だと思います。



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