白金透 『姫騎士様のヒモ2』 (電撃文庫)

申し遅れたが、俺の名はマシュー。

昔は『巨人喰い』(ジャイアント・イーター)なんて呼ばれた冒険者だった。色々あって力を失い、放浪の末にこの『灰色の隣人』(グレイ・ネイバー)に流れ着いた。

今の俺は姫騎士様のヒモであり『命綱』、そして時には姫騎士様に害をなす連中の首を絞める縄でもある。

灰と混沌にまみれた迷宮都市。元冒険者のマシューは、迷宮探索に励む姫騎士アルウィンのために裏で手を汚し続けていた。ある日のこと、王国直属の治安維持隊長、ヴィンセントがマシューの前に現れる。ヴィンセントはギルドの鑑定士ヴァネッサの兄だった。

あまりに物騒で、血と埃に汚れた迷宮都市の姫騎士とヒモの物語、第二巻。舞台となる『灰色の隣人』(グレイ・ネイバー)文字通りの意味で治安が悪い。クスリ、殺人、異端の宗教が横行し、人心も荒廃した街の描写は非常に雰囲気がある。さながらリルガミンの日常といった雰囲気。それにしても、自分が殺した娘の兄が目の前に現れてもこれほど冷静でいられる、というか冷徹でいられる主人公はかなり珍しいのではないか。揺らがず省みない大人の主人公、といっていいのだろうか。次で話がまた動きそうな予感、楽しみにしています。



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伊崎喬助 『董白伝 ~魔王令嬢から始める三国志~5』 (ガガガ文庫)

「俺と異民族のガキが似てる? 半分羌族の親から生まれたお前は知らねェんだろうけどな、種類の違う人間同士には越えられない一線があんだよ! この山みてェに、山ン中の桃の林みてェに! それに――」

――少年だった自分が越えられなかった、あの花畑のように。

sれを言葉にはできなかった。口にすれば、本当に何かが終わってしまう気がした。

孫家との共闘によって呂布を退けた董白。だが、孫堅は何者かに暗殺され、そこに息をつく暇もなく不気味な動きをした曹操が進軍してくる。さらには劉備たち義兄弟も動きを見せる。一方、再起不能の傷を負った呂布は、異民族の集落で不思議な子供に命を救われる。

未来の知識で頑張る転生幼女、董白ちゃんの三国志、これにて一旦完結。同じく未来の知識を手に入れて、ただでさえ恐ろしいのにチート化してしまった曹操。最後まで秘密が明かされることのなかった劉備、関羽、張飛の三兄弟。天下無双の称号を捨て、ぼろぼろになった身体で最期の復讐に命をかける呂布。石兵八陣を操る「東アジアでもっとも有名な軍師」。生と死が紙一重の三国時代や、英傑たちのぞっとするほどの迫力と、それをつくるための知識と構成力、描写は本物だった。作中で唯一、馬超だけ性別が転換していた理由もうまくて感心した(というかそんなの知らなかった)。それだけに、描ききれていない伏線や明かされずじまいの謎が数え切れないくらい残っているのがもったいなさすぎるよ……。望みは薄いだろうけど、いつか第二部が読める日が来るといいな。今後も引き続き応援しています。

カミツキレイニー 『魔女と猟犬3』 (ガガガ文庫)

「僕たちは聖職者だからね」と。確かに彼は、いつだって清潔感に満ちていた。

どんなに汚いことをしても、不思議なことにその白い法衣には、返り血一つついていない。

ずっと彼をそばで見ていて、いつの間にか僕は純白に対して、恐怖を抱くようになっていた。生きている人間が、染み一つ作らないなんて不自然だ。

白は、汚れを塗り隠すのに最も適した色。白は最も、醜い色だ。

鏡の魔女テレサリサと雪の魔女ファンネル、キャンパスフェローの女騎士ヴィクトリアは大陸最南端の港町サウロを目指して南下していた。目的は、死にかけた男を蘇らせた伝説を持つ“海の魔女”。だが、海の魔女ブルハは海賊の長として周辺の海を荒らしていた。一方、ルーシー教の九使徒も魔女の動向を受けサウロに集まりつつあった。

時は謝肉祭。ふたつの宗教の汽水域でもある港町は浮足立っていた。同時進行で描かれるのは歌とダンス、巨大なフロート車の連なるパレード、いくつもの勢力がにぎやかな街を駆け回る。これぞ、命がけのドッタンバッタン大騒ぎ。ここ数年の小説でも、アクションの描写は随一だと思う。「音楽を描きたいと思いました」というあとがきの想いは、間違いなく最高の形で果たされていた。

人魚姫をモチーフにした復讐と恋の行方と顛末、シャムス教とルーシー教という宗教、文化、死生観の違いとその汽水域にある街の緊張感、銃の量産によって絶対的な地位からあっさりと追いやられる「魔法」(こんなに容赦なく情けなく描くのがすごい)。余すところなく楽しい。作者の最高傑作になりつつある。まだ三巻だし、ここから追いかけてみるといいと思うよ。楽しかったです。

二月公 『声優ラジオのウラオモテ #07 柚日咲めくるは隠しきれない?』 (電撃文庫)

「……わたしも、声優になれるのかな」

呟いた言葉は、本当に思いつきだ。

なんとなくの、深い意味のない独り言。

けれど、それはどうしようもないほどの興奮をもたらし、心臓が凄まじく高鳴る。

世界中のどんなことよりも魅力的に感じた。

声優、柚日咲めくる。ラジオでのトークを主戦場にしてきた彼女だったが、オーディションで本気を出すことができず、声優としての限界を迎えつつあった。

自分も、夢見る少女でいたほうが幸せだったのではないか。

声優への憧れを持ったまま、何も知らずにサイリウムを振っていたほうが。

そうすれば、こんなふうに苦しまずに済んだのに。

「これは声優ファンの少女、藤井杏奈が、声優、柚日咲めくるを認めるまでの物語」。六巻の時系列の裏で起こっていた、柚日咲めくるの葛藤と成長をもうひとつの視点で描いた第七巻。登場時から存在感の強かっためくるちゃんを掘り下げる。声優が好きすぎて、いろいろ面倒くさい声優になっためくるちゃんのいい子っぷりがとても良い。本筋を描きつつ、一方で人間関係の掘り下げも非常にうまくいっていたと思う。内容を凝縮させたイラストもとてもいいですね。ここまでの集大成みたいな巻だったと思いました。



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周藤蓮 『明日の罪人と無人島の教室』 (電撃文庫)

「そう、『明日の罪人』というのは、技術に裏付けられた最も強い孤独の定義だ」

殺されたくないと思わないから、殺す。

盗まれたくないと思わないから、盗む。

価値観からの隔絶。頭で考えても、耳で聞いても、僕たちには実感できない何かがある。社会性からかけ離れた孤立した完成を抱えているから、僕たちは将来絶対に罪を犯す。

現実規程関数によって、現実には限られた可能性しかないが証明されてから十五年。「将来絶対に罪を犯す子供たち」こと12人の《明日の罪人》は、無人島での隔離更生プログラムに参加を強制される。罪なき咎人たちに課せられたのは、一年間の共同生活を通じて、己の将来の潔白を証明すること。

「『理解できない』『理解されない』『共感できない』『共感されない』。孤独の四つの形。それがボクたち。孤独がボクたちを罪へと駆り立てる」

その言葉は、僕の胸にすとんと落ちた。

「現実規定関数」から導き出された《明日の罪人》たちは、共同生活の中で未来の潔白をどのように証明できるのか。あとがきで冗談交じり(?)に「これはSFです」と表明しているけど、一貫して「価値観」を自覚的に描いている(と自分が勝手に思っている)作家が、それをSFを使って描くとこうなるのか、と思わされた。「現実規定関数」という技術が「将来必ず罪を犯す子供」を決めるというとんでもない導入にもしっかりとした意味があり、舞台が近未来(できることは増えているけど技術的に限界がある)であることも、「価値観」の物語を描く上でしっかりとした意味がある。登場人物が15人は居るのに、書き分けやキャラクターづけもくどくない程度にはっきりしていて非常に読みやすい。ものすごく考えぬかれた、最高の導入ではないかと思いました。