小泉陽一朗 『ワニ』 (星海社FICTIONS)

ワニ (星海社FICTIONS)

ワニ (星海社FICTIONS)

美月が目を覚ましてからここ三日間、ずっと我慢していたが限界だった。
気持ち悪かった。
墓無美月が気持ち悪かった。
自分が犯されたのを知らずにヘラヘラしている僕の彼女が気持ち悪かった。
下半身を失っても気丈に振舞い続ける僕の彼女が気持ち悪くてしょうがなかった。
最悪だ。
一つも悪くない彼女のことを気持ち悪いとか思っている僕が最悪。
しかもその思いを体現させて彼女の前で嘔吐した僕が最悪。
死んだ方がいい。

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福島県矢島市.美月と付き合っていたアユムの前に現れた,五月とトウヤの姉弟.お互いがお互いを溺愛する姉弟だったが,アユムの目の前で五月はトウヤを撲殺する.五月は,トウヤに自分の恋人になってほしいという.それと同じ頃,矢島港から,密輸入されていた60匹のワニが脱走していた.
愛は何にも優先するのか.人喰いワニに喰われたのは,彼女の足と処女.少し変わった関係(キスもセックスもまだだけど眼球は舐め合う)ながら愛情を持っていたはずのふたりが,様々な過程を経て変化してゆく.登場人物がなかなかのクズ揃いで,ワニに喰われ気を失っている間に処女まで喪った彼女が気持ち悪くて仕方ない(お見舞いに行くたびに気持ち悪さが我慢できず面前で吐くほど),という主人公がなかなか凄まじい.自分が「処女厨(笑)」だったのかと絶望し,彼女と同じ立場に立つべく童貞を捨てようとし,入った店で知り合いに説教されて逆切れる.それでも彼女を愛さねばならないのだと決めて行動する.
この作者,デビュー作の『ブレイク君コア』(感想)から感じてたことだけど,思考と感覚と行動の関係がえらく独特なんだよな.身体的・生理的感覚がまず真っ先にあって,それを苦労して考えて言語化し,これは正しい感覚じゃないと結論を出し,行動する.迷うということがなく,とりあえず結論をつけて行動する.感情は身体と直結しているとは限らない,など.うまく言葉にするのが難しいのだけど,サイクルのスタートが違うのかな.変な舞台立てだし,話もまとまっているとは言いがたいのだけど,人間を描こうとはしてるんだよなー.これが「10年代の文学」であり「青春の最前線」と言われれば,なるほどそうなのかな,くらいには思う.