泉和良 『ボカロ界のヒミツの事件譜 1 ジェバンニPと名探偵エレGYちゃん様の冒険』 (星海社FICTIONS)

俺は、ひっそりと応援しているだけで、ユウちゃんPを勝手に支えている気になっていた。しかも、誰もユウちゃんPを知らず、俺だけが知っているということに優越感すら持って。だが、誰からもはっきりと分かる形で応援の言葉を得ていない彼女は、そのことに苦しみ、自分には才能がないのだと判断したのだ。
ユウちゃんPの動画を聞いて、いい曲だ、気に入っている、ユウちゃんPの動画を見ると、小説が上手く進む、なんて、いくら心の中で思っていたとは言え、その思いが何らかの形で作者に伝わらなければ、それはその作品を無対価で利用しているのと同じになってしまうのかもしれない。そして、支払われなかった対価分だけ、作者自身の創作の魂が磨り減ってしまうのかも……。

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小説家,フリーゲーム作家,ボカロP(リン廃)という三つの顔を持つアラサーの器用貧乏な作家,泉和良と,その彼女エレGYちゃんがボカロPたちの日常の謎に迫る.帯には“ボカロ×本格ミステリー”とあるけど,おそらく日常の謎といったほうが通りが良いはず.
トーリーは思いのほか人情噺の色が濃い.ひと回り年下の彼女が特になんの説明もなくいたりすることも含めて,なんとなく『二流小説家』(感想)を思い出した.いちばん良かったのは「ボカロP殺人事件」.意図的な誹謗中傷によりボカロPを引退に追い込むことを「殺人」と呼ぶのはさすがに繊細すぎる気もするのだけれど,ニコニコ動画Twitterがある現在において,創作者とファンとの関係を非常に鋭く繊細に切り取っていると思う.ある女子高生ボカロPからボカロ曲の作り方を教えてほしいとメールを受け取るところから始まる「素敵な贈り物」はこの中ではいちばん人情もののテンプレっぽいベタベタな話なのだけど,メール,Twitterニコニコ動画というシステムをきれいに取り込んでいて感心する.「八月三十一日のバースデー」はこの中ではいちばん作者らしい話(たぶん偏見).ちなみに「八月三十一日」は初音ミクの発売日=誕生日.
といういことで良かったです.今まで読んだ作者の小説ではいちばん好きかな.まあさわやかすぎるというか,現実はもっとドロドロしてるんだろうなあ,くらいの想像はつくけども,それを言い出したらきりがないからね.