渡来ななみ 『葵くんとシュレーディンガーの彼女たち』 (電撃文庫)

幼稚園に入園した頃のことだ。俺は、毎朝、自分の登園する組を間違えていた。
「ほらほら、葵くんはすみれ組でしょ?」
「だって、きのうは、ぼくはたんぽぽ組だって、せんせいが言ったよ? そのまえは、ばら組だって」
「もう、ふざけちゃ駄目よ。先生はいつも同じことを言ってるでしょ」
どの組の先生も、一様に困った顔をしていた。

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睡眠が趣味の葵くんは,眠って起きると別の並行世界へ移動してしまうという,ひとには言えない秘密を抱えていた.目が覚めるたびに別々の幼なじみのいる世界,真宝のいる世界(マホ界)と微笑のいる世界(ホエ界)を行ったり来たりする葵くんの日々.その並行世界は,葵くんの何気ない一言によって重ね合わせをはじめる.
デビュー作の『天体少年。 さよならの軌道、さかさまの七夜』(感想)から一年ぶりの新作は,デビュー作同様のジュブナイル風SF.宇宙英雄ローダンの百十二巻を読んでいる(途中で百十三巻に手を付けはじめる)同級生がストーリーの鍵を握ってたり,上の引用した部分だったり,量子力学だったり反宇宙だったり,SF的なくすぐりは多いけど,本筋はシンプルかつ易しいストーリーになっている.無限にあった並行世界が,「つまらないと思うような変化」だったり具体的な行動・意思の力で変化し収束していく.行動し干渉することが自分の住む世界を変えるという,つまりは「並行世界」を使わなくても書ける,ある意味では当たり前の成長を描いているのね.それゆえにSF的な驚きはあまりないと思うけど,肩のこらないジュブナイルSFに仕上がっていると思う.この世界の自分(主人公で語り手)と,別世界の自分が完全に別のもの(人格?)として描かれるのは違和感があったなあ.