クリストファー・プリースト/古沢嘉通訳 『夢幻諸島から』 (新☆ハヤカワ・SF・シリーズ)

デリルあるいはデリル(次項参照)の受け取る富を金に換えるため、デリル(鋭い岩)が名前を変えたという主張がしつこく残っているが、われわれはそれについてなにも知らないし、なんの見解も持っていない。われわれはそこを一度も訪れたことがなく、そこの写真を一枚も見たことがなく、そこで生まれたと主張する人間に会ったことも一度もなく、そこにいたことがあるとか、そこについて聞いたことがあるとかいう人間を知らないし、率直に言って、どうでもいい。

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この世界の中心にある夢幻諸島(ドリーム・アーキペラゴ)についてアルファベット順に記述された旅行者向けガイドブック,の体を取った物語.「変な島」の気候や経済を事務的に書いた章あり,島にまつわる人物のスナップショットあり.断章を読み進めていくうちに,あるひとつの世界が浮かび上がってくる.読みながら連想したのが『街』なのだけど,あちらが人物が動くことで進行形で物語を作っていくのに対して,こちらは完成されたひとつの世界の中に人物がひょっこり顔を出すような感触.そのためか,特に序盤は堅苦しく感じるのだけど,交差してゆく奇人たちの行動と運命を追い,この世界のあれこれに想像を巡らすうちに気がついたらこの世界にどっぷりと浸っている.年表とかフローチャート,地図をでっち上げたくなるね.どう言えばいいのかわからないんだけど,単純に幻想文学とか,奇想小説というにはまた少し違うんだよな.それにしても,この世界の芸術家には迷惑なひとしかおらんのか.面白かったです.