森川智喜 『そのナイフでは殺せない』 (光文社)

そのナイフでは殺せない

そのナイフでは殺せない

この物語は残酷である。

いくら人を殺そうと一人の命も奪えぬ、できそこないのナイフの物語である。そのナイフを作ったのは、西洋で命を落とした殺人鬼の魂とされる。

プロの映画監督になることを夢見る大学生七沢は,旅行先で「人を殺すことのできないナイフ」を手に入れる.このナイフで作った「本物の死体」を映画撮影に利用していた七沢だったが,ある警部の息子を「殺して」しまうことによって,警部の執拗な捜査を受けることになる.

このナイフで殺した命は,次の16時32分が訪れた瞬間に一斉に生き返る.殺人鬼の魂が生み出したナイフをめぐる新本格ミステリ.感想をひとことで言うと「きが くるっとる」.三途川理シリーズの悪ふざけをぐっと濃密にした印象ではあるけど,このアイデアがこんな基地外じみた小説になるなんて想像できるかよ.

生き返ることを前提に殺人を繰り返す大学生の映画監督と,息子を殺された復讐心ともともとの正義感の暴走によって壊れてゆく女性警部の腹の探り合いが話の中心.生き返ることが分かったうえで犯される殺人は刑法上の罪に問えるのか.そもそもそれは「殺人」と呼ぶべきものなのか.……みたいな哲学的な話はそこそこに,ふたりの対決は果てなく加速し,狂っていく.ナチュラルに他人を見下したり独りよがりだったり,登場人物は脇役も含めて嫌なところが目立つので,その壊れていくさまを見るのはほかの探偵ものとは一味違うカタルシスがある.現時点での作者の最高傑作ではないかと思う.めちゃくちゃな怪作にして大傑作でした.